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私たちの住処

2012.08.01 Wednesday

聴聞を意味し、この神聖でスピリチュアリティ溢れるシュラヴァナ月も、今終わりを迎えようとしています。神々の叡智に耳を傾け日々を過ごす中で、偉大なヨーガを生みだしたシヴァ神が語るもの、その深い愛と最高の教えが、いつも以上にぐっと胸の奥まで入り込んでくるように感じています。

例えば、ヨーガの経典である「ヨーガ・スートラ」の始まり、そしてヨーガの目的を一言でまとめあげる「心の作用の死滅」。その言葉には、はっと呼び覚まされるような気持ちを抱きます。

ヨーガを生みだしたシヴァ神の愛は、聖者たちによって神聖な書にまとめあげられ、この現代を生きる私たちにもしっかりと伝えられています。そして、その古い聖典の言葉が語るヨーガを通じた心の作用の死滅は、ただ神と一体となるための術を私たちに伝えていきます。

心の作用を止めること、一体それが何を意味するのか、それはやはりインドで過ごす日々が教えてくれたように思います。スワミジは言いました。「神との合一であるヨーガを阻むものは、心の動きの他にありません。神と出会いたいなら、心の動きを止めなさい。」と。

物質が精神性の進歩を妨げるように、望むものを全て手にしたとしても、心の至福が見えなければ私たちは永遠に苦しみから解放されることはありません。至福とは誰しもの内に存在するものでありながら、心の作用によって曇り、まるで見えないもののように姿をくらませています。

スワミジの言葉は続きます。「私たちの住処は至福(シヴァ)であり、神はいつの時もその大きな愛の中に私たちを包み込もうとしていることを忘れてはなりません。」と。

神との合一である心の作用の死滅は、至福そのものである自分自身に安住することに他ありません。そこで出会うシヴァ神(至福)の偉大な愛を知り得れば、もう決して真実から離れることはないのだとそう感じています。

神への扉はいつも開かれていること、その事実と共にこのスピリチュアルな道の歩みが続くことを願っています。

(文章:ひるま)

幸せに生きること

2012.07.29 Sunday

シヴァ神へと捧げられるこのシュラヴァナの月に、その偉大な教えに改めて耳を傾け、自分自身の中で深く考える日々を過ごしています。そして、日々の生活の中でふと雑に過ごしてしまう瞬間があることを思い出すと、ヨーガが事細やかに語られる経典・シヴァ・サンヒターの中の言葉を思い起こします。

「行いから得た肉体がニルヴァーナ(涅槃)を得る手段となる時、肉体を持ったことも実りあるものとなる。」(シヴァ・サンヒター第2章)

現在の自分の姿は、過去の自分によって生み出されたものであると、ヒンドゥー教の教えは伝えます。今嬉しく思うこと、そして悲しく涙を流すこと、そこには過去の自分の思考や言葉、その何かしらの行い(カルマ)が表れています。

今の自分の行いが次の瞬間の自分を生みだすように、一瞬一瞬、一つ一つの行いに心を定め幸せと共にあることは、自分自身を終わりのない至福へと導くシンプルな術の一つとなります。そして、その行いがただ神の至福を求めて成される時、苦楽に左右されるこの世界に生じたことさえも、美しい果実のように意味のあるものとなるに違いありません。

私たちが今この世界に肉体を受け、物質という変化を生みだす世界の中で行いを続けることは、苦楽を経験しながらも、その過程で気づきという代え難いものを得る大切な機会の中にいるのだと気づかされます。

シヴァ・サンヒターの中では解脱を得るための術が、ヨーガの行いと照らされながら事細やかに描かれていきます。とても難解な技法が説かれながらも、最後の節では、「私の教えを実行すれば、在家人であっても幸せに日々を生きる」と締めくくられます。

この教えはシヴァ・サンヒターの中だけで語られることではありません。行いの大切さを説くバガヴァッド・ギーターの中でも説かれるように、古いインドの叡智が広く人々へ伝えるものです。

このシュラヴァナ月の恵みによって、再びその大切さに気づかされたように感じています。今を生きることは、明日を生きることでもあるのだと、全ての瞬間を幸せに生きる術を今この瞬間に実行し、この世界に生じたことが実りあるものとなるよう日々を過ごしたいと思っています。

(文章:ひるま)

「場」について

2012.07.29 Sunday

少し前日本でも一時的なパワースポットブームがありましたが、パワースポットというのは、いわゆる場のいいところ、ということになるのだと思います。
たしかに場の問題は重要だと思います。いい場を訪れ、そこからエネルギーを受け取ったり、そこに住んだりすることは、たしかに人生に大きなよい影響を及ぼすのは間違いないと思います。

私は、ヨーガ行者のわりには鈍い方だと思いますが、それでも場の良しあしは結構わかります。
私が人生で初めて場の良さを感じたのは、インドでした。初めてインドを訪れた私は、有名なアジャンターでそれを感じたのです。
車から降りた時、「なんて優しい風が吹いているのだろう。」と思ったのです。ご存知の方が多いと思いますが、アジャンターは昔はヒンドゥー教や仏教の修行者たちが生活したところですが、今は「観光地」になっています。
しかし、修行者たちがいた2000年ほど前の場の波動が残っているのです。それが優しい風になっていたのでした。

私はそれ以来、場の良さをを計る基準が自分の中に出来ました。

その後すぐ訪れた、聖地ナースィクでも同じような場の良さを感じ、自分の中の感覚が確たるものになったのです。

ちなみに当然のことながら、世の中には国を問わず、場の悪いところも存在します。

しかし面白いのは、そのような場の悪いところに聖者たちが大勢集まって、良い場に変えてしまいそこが聖地になるというケースもあるということです。

実は私は場の良くない土地に住んでいます。場が悪いといっても私の家(マンション)の建っている狭い範囲です。
ここは昔(明治時代よりも昔と思われます)長期にわたりあるネガティブな儀式に使われた場所であるらしいことはわかっています。
住み始めて10年になるのですが、最初はかなり荒れた波動を持つ場所でした。
一般的に日本で場の悪いところに行う処方を試してみましたが、全く効き目がありませんでした。

しかし、ヨーガの師に「君には、ここに住んで場を良くする役割がある」と言われたのをきっかけにここに住み続けることに決めました。

以来瞑想やハタヨーガ、プージャなどを自分でやり続けると同時に、この場所で皆様にヨーガをお教えしています。
また生命の儀式をしたヤントラも数種類配置しています。

最初は酷い場所でしたが、今では少なくとも私の家の中に関しては、ヨーガをやるのに非常にふさわしい環境にまで回復しています。

場が完全に良くなるまでもう少し、時間がかかると思いますが、可能であればプチ聖地位になってくれればうれしいです。

次回はシヴァ派の聖地とヴィシュヌ派の聖地について書きます。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
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シュラヴァナの月

2012.07.19 Thursday

人生における最終目的。神を理解するために必要なもの。その深い問いの総仕上げともいえるウパニシャッドの中で、「シュラヴァナ」が語られます。最も神聖な月とも言われる現在のシュラヴァナ月にもその神聖さが引き出されるように、霊的な道を進むためにこの「シュラヴァナ」の行いは欠かすことができません。

ヴェーダンタ哲学をより深く議論するウパニシャッドにおいて、本来の自己に気づくための道には段階があると説かれます。その始まりが「聴聞」を意味する「シュラヴァナ」であり、その道は「熟考」と言う「マナナ」へ、そして「瞑想」という真実へ向かう継続的な行い「ニディディヤーサ」へと続きます。この段階はまさにインドで過ごす日々そのものであり、なぜこれほどまでにインドの生活に引き込まれるのか、ここで改めて感じています。

真意を探るようにグルの言葉を聞き、その言葉を鑑みながら一瞬一瞬を丁寧に過ごす日々の中で得られる経験は気づきに溢れるものであり、グルの言葉を聞くだけで疑いが晴れるのは、まるで起こりうる全てを知り得ているかのように、静謐な深い意味がそこに含まれているからです。

その言葉を通して起こりうる出来事を見つめる時、そしてその過程で深く自分自身を熟考する時、日々の生活が丸ごと深い瞑想へと姿を変えるようでした。それが、生きるという日々の生活から生れる経験的な知識に基づいたものであるが故に、その中で得る気づきは言葉では表現できない程大きなものです。

ただ言えるのは、グルと言う真実の言葉から生まれたその瞑想に見えるものが、真実だけだということかもしれません。自己を探る過程において生じる疑いは、心の作用に惑わされ避けて通れないものでもあっても、真実に心が定まれば、もがくことがあってもその疑いに呑み込まれることはないのだと実感したことを覚えています。その真実こそがグルの言葉です。

私たちの悟りへの道のりは、その言葉を聞くことから始まります。このシュラヴァナの月に、その神聖さに耳を傾けること、古代の教えが語る真実を見つめ、自らについての学びを深めたいと今改めて感じています。

(文章:ひるま)

行いのヨーガ

2012.07.14 Saturday

私たちが生活を営む上で欠かすことができないものが「行い」です。生きるために働き、学び、家族を共にし、また社会におけるさまざまな行いも限りのないものです。そしてその中での役割は、労働者、学生、父親、母親、子ども、友人など多岐に渡り、私たちは行いを前に、一瞬たりともその役割から解放されることはありません。

「行い」というものの大切さについて、バガヴァッド・ギーターの中で特に強く記されています。

戦いの場にいるアルジュナは、敵方に師を、そして親族の姿があるのを見つめ、ひどく困惑します。弟子として、息子として、孫として、様々な役割を同時に背負ったアルジュナの心は大きく揺れ、定まりません。

クリシュナ神は説きます。戦いの場にいるアルジュナは、弟子でも、息子でも、孫でもないと。そして、クシャトリヤ(武士)として目の前にある役割を全うし、果たされるべく行いに集中すべきことを諭します。

それは、この社会を生きる私たちにも当てはまることかもしれません。例えば仕事場において、父として夫として、または母として妻としての役割を抱えたままの時、目の前にある成されるべく仕事に対しての集中はなく、心は定まりません。起こりうる、または起こったあらゆる結果に囚われ、様々な想いが大きく心の中を駆け巡っています。まさにアルジュナの心境です。

行いの意味についてスワミジの言葉を思い出します。「子どもの将来を期待してミルクを与える母親はいません。お腹を空かせた子どものために、ただ愛ゆえに、その行いを行うのです。」

それこそが献身です。私たちが担う役割には数多くのものがあります。結果のためではなく、ただ目の前にある瞬間の中で自分の役割を全うする時、それは何にも代えられない献身であり、瞑想とも言える集中となります。

私たちはいつしか結果に惑わされ、多くの物事を混同し、自分のすべき事柄を、そして自分自身すらも見失っていきます。結果ではなく、その瞬間にある物事に心を定め愛すること、自分の役割を全うすること、それがこの社会をよりよく生きるための術であるのかもしれません。

「喜びと苦しみ 損と得 勝ちと負け 
それらを同じものと受け止め戦うならば 
あなたは決して罪を負わない」
(バガヴァッド・ギーター2章38節)

(文章:ひるま)
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