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バガヴァッド・ギーター第5章第5節

2012.11.02 Friday

यत् सांख्यैः प्राप्यते स्थानं
yat sāṁkhyaiḥ prāpyate sthānaṁ
ヤット サーンキヤイヒ プラープヤテー スターナン
サーンキヤによって得られる境地は


yat【中性・単数・主格、関係代名詞 yad】[~は、~が]~であるもの、~である人、~であるとき
sāṁkhyais【男性・複数・具格 sāṁkhya】[~によって、~をもって]計算する人、熟慮する人、サーンキヤ説の信奉者、理論家
prāpyate【三人称・単数・現在・受動活用 pra√āp】[それは~される]到達する、会す、邂逅する、見出す;獲得する、娶る;蒙る;(規則より)結果する、得る、実施する
sthānam【中性・単数・対格 sthāna】[~に、~を]地位、身分、階級;住居、住所、場所、地点;(ある神の)世界・領域(地、空、天)

तद् योगैर् अपि गम्यते ।
tad yogair api gamyate |
タット ヨーガイル アピ ガンミャテー
ヨーガによっても到達される


tat【中性・単数・主格、指示代名詞 tad】[~は、~が]それ、あれ
yogais【男性・複数・具格 yoga】[~によって、~をもって]ヨーガ、精神の集中、組織的な超脱法、瞑想、静慮、心統一
api【不変化辞】さらに、また、同様に;されど、なお
gamyate【三人称・単数・現在・受動活用 √gam】[それは~される]行く、動く、歩む;去る、来る;止む、死す;過ぎる、経過する;横切る;(対格、為格、処格)に赴く、~に近づく、~に達する、~を得る;知覚する

एकं सांख्यं च योगं च
ekaṁ sāṁkhyaṁ ca yogaṁ ca
エーカン サーンキヤン チャ ヨーガン チャ
サーンキヤとヨーガを同一に


ekam【男性・単数・対格 eka】一の;単独の、唯一の;一個の;同一の、共通の
sāṁkhyam【男性・単数・対格 sāṁkhya】[~に、~を]計算する人、熟慮する人、サーンキヤ説の信奉者、理論家
ca【接続詞】そして、また、~と
yogam【男性・単数・対格 yoga】[~に、~を]ヨーガ、精神の集中、組織的な超脱法、瞑想、静慮、心統一
ca【接続詞】そして、また、~と

यः पश्यति स पश्यति ॥
yaḥ paśyati sa paśyati ||
ヤハ パッシャティ サ パッシャティ
見る人は、(真に)見る者である


yas【男性・単数・主格、関係代名詞 yad】[~は、~が]~であるもの、~である人
paśyati【三人称・単数・パラスマイパダ・現在 √paś】[彼は~、それは~]見る;眺める;観察する、注意する;凝視する、傍観する;経験する、獲得する;見出す;考察する、思量する;心眼で見る、発見する;予知する、予見する
sas【男性・単数・主格、指示代名詞 tad】[~は、~が]これ、あれ、彼
paśyati【三人称・単数・パラスマイパダ・現在 √paś】[彼は~、それは~]見る;眺める;観察する、注意する;凝視する、傍観する;経験する、獲得する;見出す;考察する、思量する;心眼で見る、発見する;予知する、予見する

यत् सांख्यैः प्राप्यते स्थानं तद्योगैरपि गम्यते ।
एकं सांख्यं च योगं च यः पश्यति स पश्यति ॥५॥

yat sāṁkhyaiḥ prāpyate sthānaṁ tadyogairapi gamyate |
ekaṁ sāṁkhyaṁ ca yogaṁ ca yaḥ paśyati sa paśyati ||5||
サーンキヤによって得られる境地は、ヨーガによっても到達される。
サーンキヤとヨーガを同一に見る人は、真に見る者である。

バガヴァッド・ギーター第5章第4節

2012.10.31 Wednesday

सांख्ययोगौ पृथग्बालाः
sāṁkhyayogau pṛthagbālāḥ
サーンキヤヨーガウ プリタグバーラーハ
愚者は、サーンキヤ(理論)とヨーガ(実践)を別々に


sāṁkhya【男性】計算する人、熟慮する人、サーンキヤ説の信奉者、理論家
yogau【男性・両数・対格 yoga】[~に、~を]ヨーガ、精神の集中、組織的な超脱法、瞑想、静慮、心統一
→sāṁkhyayogau【男性・両数・対格、並列複合語】[~に、~を]サーンキヤ(理論)とヨーガ(実践)
pṛthak【副詞】離れて、別々に;各自に
bālās【男性・複数・主格 bāla】[~らは、~らが]児童、少年、未成年者[16歳未満];愚物、馬鹿

प्रवदन्ति न पण्डिताः ।
pravadanti na paṇḍitāḥ |
プラヴァダンティ ナ パンディターハ
語るが、賢者はそうでない


pravadanti【三人称・複数・パラスマイパダ・現在 pra√vad】[彼らは~]話し出す、発言する、語る、公言する、宣言する;断言する、肯定する
na【否定辞】~でない
paṇḍitās【男性・複数・主格 paṇḍita】[~らは、~らが]学者、学問のある人、賢い人;パンディット 【形容詞】学問のある;賢い、怜悧な;教養ある、~に巧みな

एकम् अप्य् आस्थितः सम्यग्
ekam apy āsthitaḥ samyag
エーカム アピ アースティタハ サンミャグ
一方に正しく依拠する人は


ekam【中性・単数・主格 eka】[~は、~が]一の;単独の、唯一の;一個の;同一の、共通の
api【不変化辞】さらに、また、同様に;されど、なお
āsthitas【男性・単数・主格 āsthitaā√sthāの過去受動分詞)】留まれた、住まわれた;企てられた、遂行された
samyaksamyañcの中性形)【副詞】一方に、ともに;正しく、正確に、真に、当然に、適当に;全く、完全に

उभयोर् विन्दते फलम् ॥
ubhayor vindate phalam ||
ウバヨール ヴィンダテー パラム
両方の果報を得る


ubhayos【男性・両数・属格 ubha】[~の、~にとって]両方、双方
vindate【三人称・単数・アートマネーパダ・現在 √vid】[彼は~、それは~]見出す、遭遇する、獲得する、取得する;所有する;探し出す、求める
phalam【中性・単数・対格 phala】[~に、~を]果実;(果実の)核;結果;報い、報酬、利益、果報;報復、罰、損失、不利益;利得、享受;代償

सांख्ययोगौ पृतग्बालाः प्रवदन्ति न पण्डिताः ।
एकमप्यास्थितः सम्यगुभयोर्विन्दते फलम् ॥४॥

sāṁkhyayogau pṛtagbālāḥ pravadanti na paṇḍitāḥ |
ekamapyāsthitaḥ samyagubhayorvindate phalam ||4||
愚者は、サーンキヤ(理論)とヨーガ(実践)を別々に語るが、賢者はそうでない。
一方に正しく依拠する人は、両方の果報を得る。

忘れてはならないもの

2012.10.29 Monday

秋のナヴァラートリを過ごし、いつも以上に神聖な時の中で神々の存在と共にあった日々が、何気ない日常の瞬間にふと忘れてしまう大切な何かを改めて深く胸に刻んでくれたように感じます。今、その何かを思いながら、不二一元論を提唱したアーディ・シャンカラーチャーリヤの言葉を読み返しています。

「私は忘れていました。
カーシーへの巡礼の道を辿りながら、あなたが至る所に存在していることを。

私は忘れていました。
あなたのことを思いながら、あなたが思考を超越した存在であることを。

私は忘れていました。
あなたに祈りの言葉を捧げながら、あなたが言葉を超越した存在であることを。

お許しください。
どうか、この罪を。」

この人生においての唯一の勝利とは、自分自身の中心である真実、その神の存在と一つとなり常に共に在ることだと、インドの深い精神性に満ちた教えに触れる中で学んだように思います。しかし、インドの叡智が日々の様々な行いを通じ絶えず私たちにその術を伝え続ける中で、行いに翻弄され心に惑わされる私たちは神の存在をしばし忘れ、そこで生じる苦悩と言う心の波を否応なしに経験しなければなりません。

神を求め、時に険しい道を歩み、思いを寄せ、祈りを捧げることがあったとしても、その存在の在るところを一瞬でも見失えば、神聖でいて敬虔なその行いすらも自らを強く結果というものに束縛していきます。神に近づきたく生じる礼拝や献身、祈祷という行いを通じ自分自身が浄化される過程において、どれだけの深い気づきの中にいられるのか、それが何よりも大切なものとなるのだと気づかされます。

神を忘れることが罪であると述べた哲学者は、自身の深い気づきの中で、それ以上の過ちはないものだと感じたのかもしれません。事実、それほどに心が痛む事象はないことを、そして、そこにこの世界のあらゆる苦悩が始まることを、その崇高な言葉が梵我一如の意味を越えて伝えているように思います。

ナヴァラートリを終え、今この瞬間にもまた、全ての人が気づくべく事柄が記されたその言葉が、一人でも多くの人々の胸に響くことをここでただ願っています。

(文章:ひるま)

勝利の日

2012.10.22 Monday

自身の内に潜む不浄な傾向を清めるためにこの上ない重要な時であるナヴァラートリは、ラーマが魔王ラーヴァナに勝利したように、私たちの内に潜む悪を滅ぼす大切な時として存在します。そして今、最後に迎えようとしている悪に対する善の勝利「ダシャラー」の日を、バガヴァッド・ギーターを通じ人の生に照らし合わせています。

「至上者の非人格的な姿 即ち非顕現の真理に
心をよせる者たちの進歩は甚だ困難である
肉体をもつ者たちにとって
その道は常に険しく様々な困難を伴う」

「だが わたしに熱い信仰をもって
すべての行為をわたしのために行い
常にわたしを想い 念じ
常にわたしを礼拝し 瞑想する者たち」

「常に心をわたしに結びつけている者たちを
プリターの息子よ わたしは速やかに
生死の海から救い出す」
(バガヴァッド・ギーター12章5節~7節 「神の詩 バガヴァッド・ギーター 訳:田中嫺玉」より)

成功や失敗、称賛や批判という人の心を常に揺らす相反するものの間で生きる私たちは、時に険しい困難に出くわします。インドの深い精神的な教えは、その道中において、中心となる永遠の至福を得られるかどうかが真の生きる目的であることを伝えています。

そしてそれを手にすることができる者というのは、クリシュナ神がギーターを通じ述べるように、どんな時もいつの時も、神を信じることができる者に他ありません。信じる者、ここではそれが勝者となるのです。

怒りや憎しみ、欲望や執着、心がある限り誰しもの内に生じるであろうその敵は、至福そのものである自身の存在を一瞬のうちに見失わせていきます。そんな中で神を見つめ、その存在を確かにすること、心を神に定めるそのシンプルな術によってあらゆる敵は滅んでいくことを、インドの神々と過ごす日々が伝えているように思います。

ナヴァラートリはまさに、その大切な瞬間です。残りわずかになったこの神聖な時、そして最後に迎える盛大な祝福を、皆さまが勝利と共に迎えられることを心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)

クンダリニーヨーガの重要性について3

2012.10.22 Monday

クンダリニーの覚醒が完全に起きる場合、肉体的な変化も大きくおこります。
私は、ヨーガの師のシャクティ・チャラニー・ムドラー(クンダリニーの覚醒技法)を、おそらく20~30回は近くで見させていただきましたが、比較的初期のころ(20年ほど前)は、背骨が腰のあたりから首の後ろにかけて大きく盛り上っていくのを、何度も目撃しました。
また周囲にも焦げ臭いにおいが漂ったりもしていました。

それが回数を積まれるに従って、外見上の変化は少なくなり、最後は全く何の変化も見られなくなりました。
クンダリニーの上がるルート(スシュムナー・ナーディ)の整備が完全に終わったからだと思います。

また私自身も1996年に、師に同行させていただいた、ブータンの寺院でクンダリニーの集団覚醒を体験しました。
その時は、まるで車に衝突されたかのような衝撃が全身に走り、そのあと腰が抜けてしばらく立ち上がれませんでしたし、その後、ある種の強烈な精神秘的な体験が10年ほど続きました。

今クンダリニーは、ヨーガだけでなく、あらゆる精神世界系の技法のなかで、「チャクラ」という概念とともに広く知られるようになりましたが、残念ながら、きちんと理解されているかどうかはわかりません。
すくなくとも、クンダリニーエネルギーを覚醒させる技法と言われているもので、実践において何の衝撃もなく、単に気持がいいだけの場合、安全な範囲でクンダリニーのごく一部しか使われていないケースがほとんどだろうと想像します。

もちろんそれらの技法をけなしているわけではありません。
クンダリニーの完全覚醒の場合、心身の準備が出来ていなければ、重大な障害が起こる可能性は否定できません。
安全面を考えれば、それらの技法はだれにでもお勧めでき、誰もがクンダリニーエネルギーがもたらす恩恵の一部を享受できるのだろうと思います。

ただ、クンダリニーの完全覚醒にあこがれる方も多いと思います。またこのコラムを読んでくださっている方の中にも、クンダリニーが原因の不調に苦しむ方もおられるかもしれません。
私ごときがアドヴァイスするのもおこがましいのですが、そのような方々にお勧めするのは、一にも二にも「技法を繊細に実践する」、これにつきるのだろうと思います。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
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