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続プージャーの効果について個人的体験談

2013.01.28 Monday

2回目のプージャーをお願いすると、実施日の翌日から少しづつですが仕事が入り始めました。
そしてそれが6ヶ月続き、6ヶ月を過ぎるころまたぱったりと仕事がこなくなりました。
6ヶ月でいただいた仕事の総数は、前回のプージャーの時、残り1ヶ月でいただいた仕事の量とあまり変わりませんでした。
私はプージャーの自分に対する効果を完全に理解し、半年に1度づつラクシュミー・プージャーをお願いするようになったのです。
プージャーは、単に世俗の願望をかなえるだけでなく、意識進化の方法でもあります。
ヨーガや占星術鑑定にいらっしゃるお客様は、みな素晴らしい方ばかりで、私の方も非常に勉強になり、お客様にも満足していただけていたようでした。
プージャーは、お互い求める人たちの素晴らしい縁をつなぐ効果もあるのだと実感しました。
また副作用のようなものは一切感じませんでした。
ある日、私は自分でもラクシュミープージャーが出来ることを思い出していました。
もちろんヨーガとは違い専門技術にするほどの技量はないのですが、基本的な数柱の神々のプージャーの技術をヴェーダの専門家の元で8年ほど学んだのです。
それでこれからは自分でやろうと思いました。
幸いインドから入魂の儀式をした美しいラクシュミー像を入手したので、それをご本尊にして自分でプージャーを始めたのです。
今もプージャーを続けていますが、収入はかなり減りました。
これは手に入れたラクシュミー像のせいではなく、私のプージャーの技量のせいです。
ヨーガは専門でも、サンスクリット語やヴェーデック・マントラやプージャーの技法はアマチュアです。
改めて専門家のやるプージャーの効果の凄さを思い知った次第です。子供のころから専門技術を学んでいる方はやはり凄いです。
しかし・・プージャーをやる以前に比べて、自分の行うプージャーでも最低限の収入は毎月入ってくるようになったので、これでいいか、と思っています。
清貧な生活には何とか事足りるのです。
今は、またどうしても苦しい時には、またインドにプージャーをお願いすればいい、と思っています。
いずれにせよ、プージャーというのは凄いと思いました。
おそらく他のプージャー(たとえば病気平癒などのプージャー)をやっても似たような効果が出たのだと思います。
プージャーは、いわゆる「呪い」などとは正反対のポジティブな効果の波動を生み出す効果があります。
日本の仏教の「護摩」などもこの流れの技法です。
効果には個人差があり、絶対効くとはもちろん言い切れませんが、大きな問題を抱えている方は、神社にお参りに行き、お祓いをしてもらうようなスタンスで試してみることをお勧めします。
時に素晴らしい卓効があるかもしれません。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
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神性を示すもの

2013.01.21 Monday

この度滞在していたケーララ州はキリスト教徒が多く、ヒンドゥー教の寺院に加え、あちらこちらに教会が立ち並び、僧侶やシスター達が街を行き交っています。思想や宗教と言うものがこれほどまでに入り混じりながら、整然と動き続ける世界には度々ぐっと惹きこまれ、立ち止まり見入る瞬間もあるほどでした。

同じインドでありながらも、慣習や文化、信じるものが異なれば驚くほどに生活様式も異なります。そんな世界を移動しながら見たものは、異なるものの中でも、人々は笑い、悲しみ、日々を共に過ごしていたということです。信じるものが違っても、私たち人間の根本にあるものは変わらないということを、共に生きる人々の姿は見せてくれたように思います。

それはまた、宗教や信仰が、自分自身の内に存在する神性を示すためのものだということを物語っていました。異なる形であっても、祈り神を想う姿は、どんなものよりも美しい寂静を生み出していたように思います。誰しもの内に存在する神性さがこの世界にしっかりと示されるのであれば、この社会はきっと真の平和に、そして幸せに満ちるに違いないと強く感じています。

しかし、そのためには人々の内の正しさが磨かれなくてはなりません。教育水準がインドの中でも飛びぬけて高いケーララ州は、社会福祉が整い、物質面だけではない社会の豊かさが非常に高いことで有名です。啓発がなされ、また、信じるものを通じ偉大な存在と自身の繋がりを体現しながら、より良い社会を築こうとする人々の姿は、日常の生活に存在するヨーガそのものでもあったように思います。

自分自身の内にある無知、その暗闇を取り払い、光である神聖さに満ちた存在へと、その正しい知識を磨きあげるために、私たちは多くを学び、そして気づかねばなりません。闇から光へと行く道はさまざまに示されます。道は違っても、人々の神性が示され平穏で至福に満ちた世界となることは可能であることを目にし、改めてその実現をここで願いながら、またこの北の地に腰を据えています。

(文章:ひるま)

プージャーの効果について個人的体験談

2013.01.21 Monday


私はヨーガの専門家として仕事をする前に、ヨーガの修行を続けながら20年近くサラリーマンをやっていました。
元々金銭欲はない方でしたが、一般的にサラリーマンで金銭欲がないという場合、毎月定期的な収入が入ってくることも関係している場合があるかのかもしれません。
2008年に満を持して、インド占星術&ヨーガ「ガネーシャ・ガンガー」を立ち上げましたが、自営業になった途端、収入が激減し生活が困窮しました。
占星術の重要な要素である瞑想経験とヨーガの技術には絶対の自信を持っていただけに、衝撃を受けました。
冷静に考えれば、ヨーガの技量とビジネスの能力は全く別物であることを、体感として理解していなかったのです。
また、自分自身のホロスコープも、修行者としては非常に良くても、お金を稼ぐ能力が非常に低いということを軽視していました。
ホロスコープに現れる、能力は実生活に相当大きく影響します。つまりお金を稼ぐ能力が低い場合は、一般的に相当の努力が必要になります。
特に私のようにその能力が低い場合は、なおさらです。
そのようなときに、日本にいながらインドでプージャーをしてもらったらどうだろうと思いついたのです。プージャーは祈りの儀式ですが、神々に祈ることによって、神に願望をかなえていだだく側面をもつ技術です。
私が、瞑想を始めたころは、日本にいてインドの専門家(パンデット=僧侶)にプージャーを頼むと、最低でも10万円単位が普通だったのですが、現在は数千円でできるものも多くなったからです。
ダメもとで、ラクシュミー・プージャー(富のプージャー)を頼んでみたところ、実は全く効果が感じられませんでした。
しかしプージャーをお願いしてから、5ヶ月ほど経ったとき、突然仕事が入り始めました。毎日朝パソコンを開くと、仕事依頼のメールがぎっしり届いているのです。
ものすごい数の仕事をこなしましたが、手がいっぱいでお断りをしなくてはならない仕事もかなりの数ありました。
そうした生活を1ヶ月ほど送ったのですが、突然仕事が来なくなりました。
その日はプージャーをやってもらってからちょうど6ヶ月目の日だったのです。
私はその時気付きました。(個人差があると思いますが)私の場合、プージャーの効力は6ヶ月ほどで、私の金運のカルマを解消していたために、最初の5ヶ月は変化がなかったのだと・・。
それであれば、大きな金運のカルマは解消できたはずだから、次からは最初から効果が出るに違いない、そう思いました。
以下次回に書かせていただきます。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
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マカラ・サンクラーンティ

2013.01.14 Monday

本日1月14日はマカラ・サンクラーンティです。マカラ・サンクラーンティは、春の到来を告げる収穫祭であり、インドに限らず、東南アジアの国々でもお祝いされる盛大なお祭りです。

マカラとは「山羊座」、サンクラーンティとは「変遷」のことであり、この日より太陽が山羊座に入ることから、マカラ・サンクラーンティと呼ばれています[1]。

マカラ・サンクラーンティは日本でいう冬至にあたり、昼がもっとも短い日であり、この日から太陽は北方への回帰を始めます(ウッタラーヤナ)。
緯度の違いから、日本では例年12月22日頃がそれにあたります。

インドの聖典「バガヴァッド・ギーター」では、ウッタラーヤナについて次のように述べられています[2]。
「火、光明、昼、白月、太陽が北に向かう六ヶ月。そこにおいて、逝去したブラフマンを知る人々はブラフマンに達する。(8.24)」

インドでは太古よりウッタラーヤナの期間中に肉体を去ることは、成就に至るために重要であると考えられてきました。
そのためマハーバーラタの英雄として知られるビーシュマは、この吉兆の時に死ぬことを望み、ウッタラーヤナが訪れるまで、矢でできた臥床で死を待ったといわれます。

マカラ・サンクラーンティの吉日では、インド各地において、朝早くから沐浴をし、祈りを捧げ、太陽の恵みに感謝し、豊作を祈願します。
また精神的な恵みを得るためにも重要な吉日であると考えられています。

プラーナ文献では、マカラ・サンクラーンティから1ヶ月間、太陽神スーリヤが息子である土星神シャニの家を訪れると述べています。
山羊座は、インド占星術における土星神シャニが支配する星座です。
父スーリヤとその息子シャニは、いつもはあまり仲が良くありませんが(敵対星座)、父スーリヤが1ヶ月間、息子シャニの家に来ることにより、お互いの関係を確かめ合います。
これは占星術的には、一般の父と息子の関係にとっても重要な意味があるととらえられています。
息子にとっては、父を快く受け入れることで、よりよい家族関係を築くのに重要な時期であるといわれます[3]。

また太陽が北へ向かう6ヶ月の間(冬至から夏至の間)、ここから神々の昼が始まるとして、多くの祭事はこの期間を中心に行われることになります。
太陽が南へ向かう6ヶ月の間(夏至から冬至の間)は、神々の夜にあたる時期と考えられ、ギーターでは、「そこにおいて、逝去したヨーギンは月光に達してから回帰する。(8.25)」と、忌み嫌われている時期であることが窺えます。

しかし、ガンディーが「無執着ヨーガ」の中で、「信愛に従い、ひたすら無執着の行為を行い、真理を見た者は、いつ死のうとも解脱を勝ち得る。」と述べているように[4]、真理とともに生きている人々にとっては、毎日がマカラ・サンクラーンティのような吉日であるといえるのかもしれませんね。

太陽の恵みを感じやすくなるこの時期、皆さまに大きな恵みがありますように。

Reference
[1] Sankranthi, Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Makar_Sankranti
[2] 上村勝彦訳,バガヴァッド・ギーター,岩波文庫,1992
[3] Makar Sankranti Festival, http://www.vmission.org/hinduism/festivals/sankranti/
[4] 赤松明彦著,『バガヴァッド・ギーター』神に人の苦悩は理解できるのか?,岩波書店,2008

北から南へ

2013.01.14 Monday

この広大なインドを北から南まで約3000キロの移動をし、現在は南インド・ケーララ州に滞在しています。日中も太陽が顔を出さず濃い霧に覆われ、記録的な寒い冬を迎えていた北インドとは大きく異なり、ココナッツやバナナの木が生い茂るここ南インドは、暑いほどの日差しが降り注ぎ、ゆったりとした時間が流れています。

このまるで違う国に来てしまったかのように感じるほどに異なる広いインドの移動では、常に心を強く踊らされます。移り変わる景色を目にし、変化に富む食事を味わい、暖かくなる気候を肌で感じながら、異なる文化や慣習の中で生きる人々の姿を見る時、普段見過ごしてしまう日常の中にある何気ない瞬間が、実に美しく飛び込んでくるのです。

それは深く、ヨーガの教えをも理解させます。何もかも、その存在自体がありのままで幸福に満ちているにも関わらず、さまざまに動き続ける心の働きにより、時に見えなくなるその至福をこの旅は見せてくれるように感じています。本当に必要なものだけを抱えての移動の中で、心はその瞬間に存在するものだけに定まり、何事にも左右されないただそこにある真の姿、その美しさを見ているに違いありません。

そして何よりも、この大きく異なる北と南の生活において、同じ神が同じように崇められていることに心はどこか安らぎを感じます。地域や文化によってもちろんその在り方にも差は生じます。見える神々の姿も少しずつ違います。しかし、こうして人々を一つに繋げる神々の存在をひと際強く感じる時、不思議なほどに強く落ち着きを感じるのです。

時にその存在が混乱を生み出すことがあります。しかし、こうして様々に異なる慣習や文化を抱える大国を支えていることは事実であり、より深く人々がその事実を理解し、至福と平安が世界に広まるよう祈りながら、この新年を美しい旅の中で過ごしていました。

一息に駆け抜け見たこの大国の美しい姿は、ここでもまた、私を大きな至福で包みこみ、見過ごしてはならないものを見せてくれたように思います。こうしてここに在れることに感謝をしながら、一瞬一瞬を大切に過ごしたいと改めて感じ、今は南の暖かさを少しの間享受しています。

(文章:ひるま)
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