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歓喜の中へ

2013.04.01 Monday

盛大に祝福が行われた先日のホーリー祭では、誰もが皆、同じようにカラフルな色にまみれ、笑みを絶やさず、その歓喜は言葉に出来ないほどに辺りを喜びでいっぱいに満たしていました。日常に溢れる祝祭を通じて、改めて、日々の中に在る喜びとは何か、考えさせられたように思います。

色鮮やかに示されるクリシュナ神の生が喜びの象徴であるように、私たちの生もまた、ただそれだけで喜びに満ちたものであると伝えられます。そしてこのホーリーの祝祭ではまるで、この肉体と言う小さな世界が幸せという美しい色だけで染まってしまったかのように、憎しみや嫉妬、悲しみといったあらゆる負の思いが消え去り、心はただそれだけで清らかに澄んでいたことを思い返します。そこから見える外の大きな世界にはもちろん、喜びしか存在していませんでした。

どんなものにも限定されず、変化もしない、ただそこに存在する喜びは、時に神という言葉で言い表されるものでもあります。そして、神を賛美するという一つの目的の為に集った人々の心は、必然的に喜びに強く定まります。この世界は心の映し鏡であるとも言われるように、集った心が一つとなった喜びは、悲しみや憎しみのない、あらゆるものが繋がった至福の世界を生み出していました。

それはまた、神と一体となることが、決して祈りや儀式だけを通じて得られるものではないことを物語っていたかのように感じます。厳しい修行や、耐えがたい苦行が想起させられる修練の世界においても、ただそれだけが全てを示すわけではありません。日々の生活において、永遠に変わることのない喜びに心を定めることは、誰にでも可能なとても簡単でシンプルなことであり、それは神と共にあることを意味します。

クリシュナ神は喜びの在るところに存在します。「悲しむ理由は何もない」そう述べるクリシュナ神の言葉がここで改めて胸の奥まで響いたことを深く感じ、誰しもの内から悲しみや憎しみが消え去り、歓喜に包まれたあの瞬間の喜びが今でも色鮮やかに蘇ります。いつまでもその喜びを抱き続けていられるよう、そしてまた、多くの人々の心が喜びと共にあることを今日も願い、改めてこの日々の生活を努めています。

(文章:ひるま)

ホーリー祭

2013.03.25 Monday

ホーリー祭はパールグナ月(2月から3月)の満月前夜から2日間に渡って祝福されます。その定義には様々な説がありますが、第一に、春の心地よい陽気な季節の中で作物が豊かに実り始め、人々が喜びに満ちているこの時、より良い収穫を迎えることができるよう祈りを捧げるための祝祭であると伝えられます。大自然とともに生きる人々の喜びと感謝の念が、このホーリー祭でも大きく示されています。

ホーリー祭にあたる満月の前夜には、街角や広場など、様々な場所で見上げるほどの大きな焚き火が熾され、そして翌朝の満月においては、色粉・色水の掛け合いに見られる喜びのクライマックスを迎えます。この日ばかりは、カーストも、貧富も、男女も、年齢も、いかなる差も存在しません。友人であろうと通りすがりの人であろうと、誰であっても平等に、外に出ればどこからともなく色粉・色水がかけられ、「ハッピー・ホーリー!」と言い祝福し合います。インドのニュースでは、多くの政治家たちの色粉にまみれた姿もまた映し出されるほど、老若男女、熱気と喜びに満ちた祝祭です。

そんなホーリー祭は、他の祝祭に比べあまり多くの伝説はなく、定められた儀式なども存在しないと言われています。しかし、精神性を育む言い伝えがやはり広く存在しています。有名な言い伝えでは、ヴィシュヌ神を心から崇拝するプラフラーダと、神から炎に焼かれないという恩寵を受けたホーリカーの話があります。

悪の手によって様々な災難に見舞われていたプラフラーダでしたが、ヴィシュヌ神からの強い加護を受け、ある時炎に入れられるも焼かれることはありませんでした。そしてプラフラーダと共に炎に入り、焼かれたのがホーリカーです。プラフラーダを守るために犠牲となったと神聖視される一方、自らに与えられた恩寵を利用しプラフラーダを焼き殺そうとした故、神の怒りに触れ炎に焼かれたと伝える説もあります。

満月の前夜に行われる大きな焚き火は、このホーリカーの勇敢な犠牲を讃える一方、別のホーリカーに見られる悪を焼き尽くす意味があるとも言われています。また、プラフラーダの神を思い続けるその信仰は、焼き尽くすようにいかなる悪をも寄せ付けません。この、悪に対する善の勝利を祝福する火が、この夜に大きく燃え上がります。

そして焚き火を終えた翌朝に行われる色粉・色水の掛け合いは、クリシュナとラーダーの戯れの中で生じたものと広く知られています。また、古典のラトナーヴァリーの中では、クリシュナ神につけられる情熱を意味する朱色粉が人々の間でもつけられるようになったことが始まりだとも言われ、クリシュナ神にまつわる神話が多く存在します。

また、シヴァ神にまつわる神話も存在します。世界を救うシヴァ神の子どもを授かるために、ヒマラヤで長い間深い瞑想に浸っていたシヴァ神の目を、愛の神であるカーマデーヴァが愛の矢を放ち開かせようと試みます。それを怒ったシヴァ神がカーマデーヴァを焼き殺した日がこのホーリーの日であったと言われます。南インドでは、シヴァ神の目を開かせたこのカーマデーヴァを、ホーリーの日に讃える慣習もあります。

どんな形であっても、この美しい春の時に人々の喜びが盛大に表されるのがこのホーリー祭です。人生とはカラフルで喜びに満ちていること、クリシュナ神の象徴がそのままに表されるこの祝祭では、憎しみも悲しみも見られることはありません。家族が共に集まり、悪が焼き尽くされた後の正しさや善の下であらゆるものが平等となるこの時は、どんなものにも代えがたい大いなる至福に包まれるように感じます。

2013年のホーリー祭は3月26日から3月27日にかけて祝福されます。日本でも、厳しい寒さの冬が終わり新しい季節が始まろうとしている吉兆な時、皆さまにも多くの祝福がありますことを心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)




その他の動画

参照:http://www.holifestival.org/
http://en.wikipedia.org/wiki/Holi

クンブメーラーとベンガル探訪・サドゥ篇

2013.03.25 Monday

クンブメーラーでは、ヒマラヤからたくさんのサドゥ達が下界!に降りてきます。

実は一見とても自由に見える彼らサドゥ達の間にも、宗派や階級が存在します。
彼らはクンブメーラー会場で宗派ごとに集まり、階級に従い生活するのです。
今回のツアーでは、私のヨーガの師の友人が所属しているジュナ・アカーラという宗派を訪ねました。

宗派として一番古いのは、アバハン・アカーラという派だと聞いたことがあります。
私は12年前のクンブメーラーでは、師のお供で修行者として参加してアバハン・アカーラで客人として滞在させていただきました。

今回訪れたジュナ・アカーラは、歴史はアバハン・アカーラには及ばないものの、非常に厳しい修行をすると知られている宗派です。
無所有の象徴として、一糸まとわぬナーガババ(裸形行者)も、ここ宗派にはたくさんいました。(他の宗派にもいるのかはわかりません。)

また生涯右手を頭上に上げたまま過ごす行者にも3人会いました。

日本の常識から考えると、生涯右手を上に上げる修行というのは異様に感じるかもしれません。
何年もおろしていない腕は固まり、筋肉が硬直して細くなっています。
また爪も数10cm伸びています。

しかしこういった体を使った修行をしている行者さんは、まともな人が多く、(残念なことにサドゥの世界でもまともでない人や、レベルの低い人も存在します。)
話にも説得力があります。

ハタヨーガのように体感を重視しているからだと思います。

なお、今回は会えませんでしたが、長期間(10年~20年位)片足で立ったまま過ごす行者さんもいた、と後で聞きました。
片足をひもで縛って木などに吊り上げ、寝る時もそのままの体勢で立ったまま寝ます。
足は鬱血して、一部が壊死してくることもあります。かなりの苦行です。

このような苦行(タパス)は、洗練されたマントラのヴェーダや、洗練された動作のハタヨーガとは、違った起源をもつと考えられます。
しかしこれもインド亜大陸の地から生み出された、聖なる「行」の一つなのです。

そしてインドの民衆はそういった人たちの行の意味を理解し、大変な尊敬を払うことが多いのです。

今回クンブメーラーツアーを企画実施させていただき、久しぶりに本質的な意味で面白いサドゥに会って色々考えさせられるものがありました。

クンブメーラー自体は3年に一度づつ、4つの聖地で順番に行われます。
しかし他の聖地はあまり広くない上、信じられないほどたくさんの人が集まるので、外国人の私達には、少し危険な場合もあります。

聖地アラハバードの広いエリアでの、本当に大きなクンブメーラーは次回は12年後になります。
私はたぶんまた行くと思います。ご興味のある方、次回ご縁があればご一緒しましょう。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
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平安の夜

2013.03.18 Monday

束の間の過ごしやすい春を迎えている北インドにおいて、シヴァ神を讃える最も吉兆な夜を過ごし、改めて心を神に向け定めることの大切さに気付かされたように思います。

マハー・シヴァラートリーの夜、ここでは多くの敬虔な人々が、そして霊性修行に励む人々が一晩を通じ眠らずに食を断ち、賛歌を捧げ、祈り瞑想に努めていました。自我を捨て誰もが同じものに心を定めた春の夜、あらゆるものが一つになった空間が生み出すその平安と穏やかさに、神聖なものとの美しい繋がりを深く感じていたことを思い出します。

人々の多くが睡眠を断ち、食を断つ行いを努めているとは感じることができないほどに、その空間は穏やかなエネルギーに満ちていたように感じます。それらが至上者の為に捧げられるとき、睡眠を断つことも、食を断つことも、決して苦とはならないのかもしれません。

至上者との一体を阻む感覚を制御することは、ヨーガの世界においては大きな修行と位置づけられます。しかし、心を神に定めることで、外界の世界へと向かう感覚はその対象から必然的に離れていきます。感覚を制御しようと試みなくとも、至上者に全てが差し出された時、それはただ従う存在へと変わるのかもしれません。そしてその過程において、自分自身の内に在る純粋な存在を見つける瞬間が必ずあるのだと実感します。

早朝から体を清め、食を断つ一日は、確実にこの肉体を浄化していきます。そして祈りや瞑想、神の名を唱えることによって感覚から切り離された心からは様々な疑いや迷いが排除され、平静のみが残ります。完全なる浄化が行われ、一つのものと繋がった夜、世界がまるで清められたかのように、平安に包まれていたことを改めて思い起こしています。

日々の生活の中で、身体や心が乱されることは多くあることです。こうして訪れる吉兆な時が、心身をともに浄化し、静める時となること、その叡智が今でもしっかりとここで生きていることに改めて魅了されています。様々なことが変化を続ける社会においても、やはり絶対の存在と共に在る事象は、変わることがありません。時を超えて受け継がれるこの叡智の存在に心身ともに清められ、新たな季節を迎えようとしています。

(文章:ひるま)

偉大なるシヴァ神の夜

2013.03.11 Monday

今年の3月11日は、シヴァ神を讃える最も吉兆な日となりました。東日本大震災から2年が経ち、あの時と同じ北インドの春の緩やかさを感じながら、この時を見つめ直しています。

広大なインドでは、様々に異なる慣習や文化の中で、太古の昔から大自然と共に崇められてきた神々がさまざまに重なり合い、多くの姿を見せています。恵みを与えるだけでなく、時に恐ろしさを見せる大自然は、ここで人々に強く畏敬の念を抱かせ、そして神聖さを築き上げてきました。

そんな世界の中でシヴァ神は、「マハーカーラ」という異名を持ちます。マハーは「偉大さ」を、カーラは「時」を意味し、シヴァ神は世界が終わりに近づく時、新たな創造に向け全てを破壊する、時を超えた偉大な存在です。また、カーラは「黒」「闇」をも意味します。月のない暗い夜に讃えられるシヴァ神は、破壊神としての存在を時に黒々と恐ろしく見せつけ、恩恵だけでなく破壊をもたらすその姿は、まさにこの大自然の現れのように映ります。

喜びも、苦しみも与える自然と共に過ごしながらも、ここでそんな神と共に在る人々は、疑いや恐れ、悲しみや苦しみを見せることはありません。時を超えた神という存在に全てを委ねる人々の姿が、私たちはまだ来ない明日、もう過ぎ去った昨日を生きているのではなく、今という瞬間を生きていることを理解させます。

見えるもの、聞こえるもの、触れるもの、愛するもの、それらは全て、来ては去り、また来ては去っていきます。この移り変わる自然を生きる中で、その事実を理解し、神という唯一変わることのない存在に心を定めることは、私たちの日々の修行に他ありません。こうしてシヴァ神に心を定める月のない夜は、人々の心から生み出される過去や未来、その幻想でもある「時」と「闇」を破壊し、唯一存在する神、真実、そして現在という瞬間に留まらせてくれるに違いありません。

この3月11日が、マハーカーラを瞑想する最も吉兆な日となり、そして神を想い祈ることは、こうして今を生きる私たちの定めであると実感しています。今という瞬間を、より良く、美しく、清く、正しく生きることによって、自然、そして神々は喜び、何よりも自分自身の内、そして世界は至福に満ちるのだと感じさせられます。

あの大震災の時、「あなたは今を生きるのです」そうある師に言われた言葉が今も蘇ります。2年の時を経て、今、その意味を深く理解しているように思います。シヴァ神の恩寵が皆さまの心にも訪れますように、そして今日この瞬間に一人一人の心から世界に平安が広まることを、ここでお祈りしております。

(文章:ひるま)
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