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バガヴァッド・ギーター第5章第19節

2013.05.10 Friday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターの原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

इहैव तैर् जितः सर्गो
ihaiva tair jitaḥ sargo
イハイヴァ タイル ジタハ サルゴー
すでにこの世で、彼らによって出生は克服された


iha【副詞】ここで[へ・に];この世で、地上で
eva【副詞】実に、真に(強意を表す。しばしば虚辞として使用)
tais【男性・複数・具格、指示代名詞 tad】[~によって、~をもって]それら、あれら、彼ら
jitas【男性・単数・主格 jita√jiの過去受動分詞)】勝った、獲得した、征服した;打ち勝たれた、(欲)の奴隷となった;捨てた、廃した
sargas【男性・単数・主格 sarga】[~は、~が]発射;噴出、流れ;一陣(の風);(駿馬を)出発させること;競争;放たれた獣群;大軍;創造;創造物(神的存在、神)生得の性質、気質;決心、目的、意志;節、篇

येषां साम्ये स्थितं मनः ।
yeṣāṁ sāmye sthitaṁ manaḥ |
イェーシャーン サーミイェー スティタン マナハ
心が平等に留まった人々によって


yeṣām【男性・複数・属格、関係代名詞 yad】[~の、~にとって]その人々、あの人々、彼ら
sāmye【中性・単数・処格 sāmya】[~において、~のなかで]均等、同一、類似;同等;平衡、正常の状態;正義
sthitam【中性・単数・主格 sthita】立っている、立ち上がっている;~に留まる・残る・位置している;~に従事した・熱中した・耽った・献身した・実践する・に屈しない;着実な、守られた;定着した
manas【中性・単数・主格 manas】[~は、~が]心、内的器官、知性、理性、精神、良心、思考、意向、気分

निर्दोषं हि समं ब्रह्म
nirdoṣaṁ hi samaṁ brahma
ニルドーシャン ヒ サマン ブラフマ
なぜなら、ブラフマンは欠陥がなく、平等である


nirdoṣam【中性・単数・主格 nirdoṣa】過失のない、欠点のない;誤謬のない;無罪の、無垢の
hi【不変化辞】なぜならば、~のために;真に、確かに、実に
samam【中性・単数・主格 sama】平らな、滑らかな、水平の、並行した;類似の・似た・等しい・同等の・同じ・同一の;不変の;偶数の;正常な;普通の、中等の;無関心の、中立の;善良な、正しい、正直な;容易な
brahma【中性・単数・主格 brahman】[~は、~が]聖智に満ちた者、婆羅門;祭官とくにヴェーダ祭式を総監する祭官;ブラフマンを神格化した最高神、梵天、宇宙の創造者として保持者ヴィシュヌおよび破壊神シヴァとともにトリムルティを形成する神格;理性

तस्माद् ब्रह्मणि ते स्थिताः ॥
tasmād brahmaṇi te sthitāḥ ||
タスマード ブラフマニ テー スティターハ
したがって、彼らはブラフマンに留まっている


tasmāt【男性・単数・従格、指示代名詞 tad】それ故に、そのために、したがって、だから、その結果
brahmaṇi【中性・単数・処格 brahman】[~において、~のなかで]聖智に満ちた者、婆羅門;祭官とくにヴェーダ祭式を総監する祭官;ブラフマンを神格化した最高神、梵天、宇宙の創造者として保持者ヴィシュヌおよび破壊神シヴァとともにトリムルティを形成する神格;理性
te【男性・複数・主格、指示代名詞 tad】[~らは、~らが]それ、あれ、彼
sthitās【男性・複数・主格 sthita】立っている、立ち上がっている;~に留まる・残る・位置している;~に従事した・熱中した・耽った・献身した・実践する・に屈しない;着実な、守られた;定着した

इहैव तैर् जितः सर्गो येषां साम्ये स्थितं मनः ।
निर्दोषं हि समं ब्रह्म तस्माद् ब्रह्मणि ते स्थिताः ॥१९॥

ihaiva tair jitaḥ sargo yeṣāṁ sāmye sthitaṁ manaḥ |
nirdoṣaṁ hi samaṁ brahma tasmād brahmaṇi te sthitāḥ ||19||
心が平等に留まった人々は、すでにこの世で、輪廻を克服している。
なぜなら、ブラフマンは欠陥なく平等であり、したがって、彼らはブラフマンに留まっているから。


学びの実践

2013.05.06 Monday

あっという間に過ぎ去ったこの度のインドでの日々は、心身の清浄に特に深く集中したものであったように思います。ヨーガの教えである、社会生活を営む中で規範ともなり得るヤマ、ニヤマを基礎とした日々の生活が、様々に揺れ動く心を清く正しいものに、そしてアーサナやプラーナヤーマの行いが、身体に安定と浄化を促すことを、とりわけ強く実感していました。

しかし、そういった行いに集中した日々の中でも、やはり強く現れるのが自分自身の自我であったことを思い出します。そして、どんなものにも負けず強く現れるそんな自我を捨て去ることが、一番の清浄の行いであり、日々の修行であることを今でも実感しています。

神々が中心にあるインドでの生活において、まず為されるのが神々への祈りや捧げ物です。日々の行いの中で私たちが出来ることと言えば、自らの行いを捧げることであり、それが心身へと大きな浄化の作用をもたらすことに度々気づく瞬間がありました。そして、ある師に言われたことを思い出します。

「雨風にさらされながら、木々が甘い果実を生み出すように、燃え尽きながら香が香りを放つように、溶けながらろうそくが光を与えるように、自らを捧げられながら生み出される行いは、世界に至福を与えます。それを阻む自我を、全体に心を定めることで浄化しなさい。」

常に全体を思いながら繰り返す行いの修習が、自我を静め、心身に清浄をもたらす感覚は、この半年間で一番強く感じていたことです。自身が全体と一つであると常々思うことから生み出される行いの大本には、我欲ではない、至福にある愛が存在していることを、確かに感じる瞬間があったことをいつでも思い出します。

自我を静めることは容易なことではありません。困難であるからこそ、こうして生きる術としてのヨーガが存在し、今こうして実践できることに心から感謝をしています。心を全体に定め、行いを努める日々の清らかさは、ヨーガのもたらす日々の至福です。日本に戻った今、この社会においても、インドで過ごす日々に学ぶ生きる術を丁寧に実践していきたいと感じています。

(文章:ひるま)

パラドについて

2013.05.06 Monday

私がパラドについて知ったのは、実はかなり日が浅く、昨年の5月になります。
もちろん水銀のリンガムの存在は昔から知っていました。しかし、パラドという名前で、かつ、これほど強力な力を持つということは知らなかったのです。

昨年ある方を通じて、ケララ州の9人の僧侶によって、強力にプージャーをされた銀色のリンガムをいただきました。

手に持った瞬間、特別なエネルギーを感じ驚きました。シュワシュワとした独特のエネルギーが出ているのです。
このアイテムは、全ての厄災を取り除くという話をお聞きしましたが、これだけ強力なエネルギーが出ていれば、それも頷けると思いました。
しかしどうのようなものかその方もご存じないとのことでしたが、水銀と銀が含まれているという話をお聞きしました。
後に調べてみますと、インドの文献でパラドであるということを知りました。

パラドはシヴァ派において、ルドラークシャとならぶ非常に強力にアイテムになります。

パラドには様々な効果がありますが、個人的には、クンダリニーエネルギーとの関連を強く感じます。クンダリーヨーガなどのクンダリニー系技法を相当やりこんでいることが条件になりますが、パラドを身に着けるあるいは近くに置いておくと明らかにクンダリニーの感覚が違ってきます。脊柱のルート(スシュムナー・ナーディ)の詰まりが一時的に無くなる、もしくは軽減する感覚が個人的にはあります。

その他占星術的な効果(土星を中心に他の惑星の悪い部分も修正する)や健康における卓効(多くの病気に効果が期待できる)など色々なものが知られていますが、様々な効果の中で、それがおかれた場を聖地化するというものもあります。

実はある非常に優れた知識をお持ちの方からおうかがいしたのですが、世界中の聖地といわれる場所は、土壌に水銀を含んでいることが多いそうです。そういえば日本の空海(弘法大師)の拓いた高野山にも土壌に水銀が存在し、四国八十八ヶ所も水銀鉱脈の上を通っていると聞いたことがあります。

ですから、パラドのアイテムを部に置くことによって、家がある意味での聖地のようになる可能性があるわけです。

中世の西洋の錬金術師たちも水銀を研究したように水銀には何かしらの力があるのは間違いないと思います。

ただし、パラドは安定しているというもののそうした水銀を含んでいるので取り扱いには十分注意してくださいね。
昔インドで、パラドのリンガムにアビシェーカ(水浴)させた牛乳を飲んでいるインド人を見たことがありますが、日本人の私たちは絶対真似しない方がいいです。

個人的には、パラドを扱ったあと、食事の前は手を洗うというくらい気をつければ十分だと思います。
(小さいお子さんのおられる家庭では、念のためお子さんに触らせないようにしてください。)

古代インド人達の叡智が詰まったパラド、本当に強力で素晴らしいアイテムだと思います。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
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インドの叡智と共に

2013.04.29 Monday

自分自身を至福へと導いていく術は、ここで時を超えた存在である神と向き合う日々が明確に示し、そしてその行いの中心に自分自身を位置付けていきます。神聖さが溢れるこの世界を離れようとしても、真実に心を定める日々繰り返すその修習が、今となっては心身に深く染みわたっていることに気がつき、その瞬間にある至福から遠く離れることはありません。

持てるものだけを持ち、自分を定義するものを最小限にした動き続ける生活もまた、現在と言う瞬間、その真実である神の居る場所により強く自分を留めてくれるように感じています。形や名前に限定されないこの生活は、自分自身の本質的な存在に気づく瞬間を多く与えていきます。

古くから多くの探求者がインドを訪れ、精神性を高める行いを続ける意味をそこに理解し、そんな人々が一層際立たせる神の存在が胸の奥深くまで入り込んでくることを実感しています。そんな中で努めるヨーガの行いが日々をこれほどまでに豊かにさせてくれることに、惹かれる思いは強くなるばかりです。

目に見える聖や俗、富や貧、幸や不幸、その差が両極端に現れるこのインドの社会に身を置くことは、ヨーガの行いの意味を強めていきます。何が聖で、何が俗なのか、富も貧も、幸も不幸も、時に分からなくなるほどに全てが強烈に現れる世界だからこそ、その中心を探ろうと努める心が一段と色濃く浮かび上がるように感じます。

中心へと自分自身を位置付ける行いの、背筋の伸びる感覚は、日々をさらに美しく豊かなものとしていきます。そこにある限りのない至福に気づくことは、この世界を生きる人々の努めに他なく、そしてそこから生まれる世界の平安をどんな時も願ってやみません。だからこそ、自分自身の内がその平安で満たされるよう、ここで学ぶ生きる術を実践し続けねばならないと感じています。

ヨーガの目指すところである、真実のみが存在する現在と言う瞬間と常に繋がり、そこに溢れる至福を広めることは、いつしか私の目指すところとなりました。どこにおいても、いつの時でも、インドの叡智であるヨーガを通じ学ぶことを心に、社会へと平安をもたらす存在でありたいと今願っています。

(文章:ひるま)

ハヌマーン生誕祭

2013.04.22 Monday

霊的な道を行く上で欠かすことの出来ない行いの一つに献身があります。自我を捧げることによって見える至上者との一体は、悟りへと至る為の道の一つとして伝えられ、ここで修行を続ける人々の多くは、グルに仕え、神に仕え、精神性を日々深めています。

先日迎えたラーマ神の生誕祭、そしてここで訪れるのがラーマ神に献身的に仕えたハヌマーン神の生誕祭です。自ら胸を引き裂くハヌマーン神のその胸の中には、いつの時も、ラーマ神と妃のシーターが描かれます。主を強く思う心は山を片手で持ち上げるほどの力と、どんな悪も寄せ付けない強さを見せ、人々の心を惹きつけています。

ハヌマーン神がそれほどの強さを見せるのは、主を思う忠誠心にあります。その姿は、神である真実に心を定めることによって自身が正され、そしてどんな弱さも克服されることを強く示しています。見返りのない愛が強さを与え、何があっても疑いや不安を抱くことはありません。

風神ヴァーユの息子として知られる猿神ハヌマーン神は、風のように、そして猿として、あちこちを自由に動き飛び回ります。それは人々の心を示しているとも言われます。対象物から対象物へと定まらない心は、時に、人々の内から平安を奪っていきます。しかし、ハヌマーン神はラーマ神へのこの上ない忠誠によって、そんな特質すらも神聖なものとし、神話ラーマーヤナにおいては、山を超え海を渡り、誘拐されたラーマ神の妃シーターを見つけ出します。

どんな心も、神である真実へと差し出され、そして定められた時、確固たる強さと安定を得るのだと教えられます。精神性が豊かに溢れるインドの社会であっても、整わない社会福祉や蔓延る貧困など、その生活はやはり大変なものがあります。しかし、そんな中で生き抜く人々の姿を見ながら、その強さの源である神の存在を強く感じるように、神を慕い働くことの大切さを気づかされます。

また、神を強く想うことは、自身の内に平安という王国を築きます。正義の下で、その王国に住まうハヌマーン神のように、どんな時も安らかでそして強くありたいと今改めて願っています。ハヌマーン神の生誕祭は次の満月、4月25日(日本時間では26日)です。その恩恵が広く皆さまの下にも授けられますことお祈りしております。

(文章:ひるま)
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