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バガヴァッド・ギーター第5章第27節

2013.05.21 Tuesday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターの原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

स्पर्शान् कृत्वा बहिर् बाह्यांश्
sparśān kṛtvā bahir bāhyāṁś
スパルシャーン クリトヴァー バヒル バーヒヤーンシュ
外界との接触を斥け


sparśān【男性・複数・対格 sparśa√spṛśから派生)】[~らに、~らを]接触、感触;感情、感覚;快感;触覚
kṛtvā【絶対分詞 √kṛ】[~して、~してから]為す、作る、遂行する、用いる
bahis【副詞】(家・町・国などの)外側に;戸外に
bāhyān【男性・複数・対格 bāhya】外側にある、~の外側に位した;外の、外部の;他国の、外国の;種姓(階級)または共同社会から除外された、放逐された、~の外にある、~と接触する、~の範囲外の、~となんら関係のない

चक्षुश्चैवान्तरे भ्रुवोः ।
cakṣuścaivāntare bhruvoḥ |
チャクシュシュチャイヴァーンタレー ブルヴォーホ
また眼を眉間に


cakṣus【中性・単数・対格 cakṣus】[~に、~を]眼;視界;視力;瞥見;光、光明 【形容詞】見る
ca【接続詞】そして、また、~と
eva【副詞】実に、真に(強意を表す。しばしば虚辞として使用)
antare【中性・単数・処格 antara】[~において、~のなかで]内部;中間、距離;入口;時、時間;機会、弱点;差異、種別、特徴、確実 【形容詞】他の;近い、親しい;内部の
bhruvos【女性・両数・属格 bhrū】[~の、~にとって]眉、眉毛

प्राणापानौ समौ कृत्वा
prāṇāpānau samau kṛtvā
プラーナーパーナウ サマウ クリトヴァー
呼気と吸気を均等にして


prāṇa【男性】息、呼吸;活力、生気;風気;出息;そよ風、風;気力、精力、力;精神;個人我、全体と一致される宇宙精神;感官
apāna【男性】下息;肛門;入息
→prāṇāpānau【男性・両数・対格 prāṇāpāna】[~に、~を]プラーナとアパーナ、呼気と吸気、出息と入息
※プラーナ(prāṇa)とアパーナ(apāna)という対語は、ブラーフマナやウパニシャッド諸文献に出る。W.Calandは、ブラーフマナとヴェーダ祭式文献を調べ、プラーナを「出息」、アパーナを「入息」とする。しかし、『マイトリ・ウパニシャッド』(2.6)では、プラーナは「上方に吐き出される息」、アパーナは「下方に向かう息」と定義されている。(中略)(BG4.29 上村勝彦注)
samau【男性・両数・対格 sama】平らな、滑らかな、水平の、並行した;類似の・似た・等しい・同等の・同じ・同一の;不変の;偶数の;正常な;普通の、中等の;無関心の、中立の;善良な、正しい、正直な;容易な
kṛtvā【絶対分詞 √kṛ】[~して、~してから]為す、作る、遂行する、用いる

नासाभ्यन्तरचारिणौ ॥
nāsābhyantaracāriṇau ||
ナーサービヤンタラチャーリナウ
鼻孔を通る


nāsā【女性】鼻孔、鼻
abhyantara【形容詞】内の、内にある;~に含まれた;近い、次の、親しい、親密な、愛する;~に着手・入門・精通する;類似の;~に属する;秘密の
cāriṇau【男性・両数・対格 cārin】動き得る;~の中に動く・行く・徘徊する・住する・生活する;行動する、遂行する
→nāsābhyantaracāriṇau【男性・両数・対格】鼻孔を通る

स्पर्शान्कृत्वा बहिर्बाह्यांश्चक्षुश्चैवान्तरे भ्रुवोः ।
प्राणापानौ समौ कृत्वा नासाभ्यन्तरचारिणौ ॥२७॥

sparśānkṛtvā bahirbāhyāṁścakṣuścaivāntare bhruvoḥ |
prāṇāpānau samau kṛtvā nāsābhyantaracāriṇau ||27||
外界との接触を斥け、眼を眉間に注ぎ、
鼻孔を通る呼気と吸気を均等にして、

ブッダ・プールニマ(ウエサク祭)

2013.05.20 Monday

2013年5月25日は、ブッダ・プールニマです。ブッダ・プールニマは、仏陀降誕の日として世界中で祝われている盛大なお祭りです。
以下に、Wikipediaよりブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)の記事をご紹介します[1]。

ヴェーサーカ(パーリ語;サンスクリット語ではヴァイシャーカ)は、ネパール、シンガポール、ベトナム、タイ、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、バングラデシュ、インドネシア、インドなどの南アジア、東南アジアの仏教徒による伝統的な年間行事です。
通常は、仏陀の降誕日とされていますが、実際には仏陀の降誕日、悟りの日(ニルヴァーナ)、成仏を包括する日とされています。

ヴェーサーカの正確な日にちは、各国に伝統的な太陰暦によって変化します。テーラワーダ(上座部仏教)の国々では、満月のウポーサタ日(仏教徒の安息日;不浄な心を清める日)に行われます。中国のヴェーサーカ日は、中国の太陰暦における第4月の8日目に行われます。西洋のグレゴリオ暦では、年によって異なりますが、毎年4月か5月に行われます。

●歴史
ヴェーサーカを仏陀の降誕会とする決議は、1950年にスリランカで行われた第一回世界仏教徒連盟(WFB)の会議で採択されましたが、仏教国における当時の祭典は、各国の古い伝統に基づいて行われていました。
ヴェーサーカにおいては、世界中の仏教徒は、仏陀の誕生日、悟りの日、成仏日を含む重要な行事として祝します。インドから仏教が伝来して、多くの外国文化に同化したように、ヴェーサーカは世界各国において独自の方法で祝されています。

●ヴェーサーカの祭典
ヴェーサーカにおいては、敬虔な仏教徒や信奉者たちは、祝典のために夜明け前に各地の寺院に集合し、仏旗を掲げ、仏・法・僧の三宝を讃える讃歌を歌います。帰依者たちは、師の御御足に捧げるための花、ろうそくや線香を持参します。これらの象徴的な捧げ物は、美しい花はすぐに萎れ、ろうそくや線香はすぐに燃え尽きるように、人生は儚く短いことを意味しています。帰依者たちは、あらゆるものの殺傷を避けるために、特別な努力を行い、この日は精進料理(ベジタリアン・フード)を摂ることが勧められています。特にスリランカなどのいくつかの国では、ヴェーサーカを祝するための2日間は、酒屋や食肉処理施設は、閉店するように政府の法令によって定められています。また、意に反して捕らわれていたおびただしい数の鳥、昆虫、動物が自由の象徴として放たれます。敬虔な仏教徒の中には、簡素な白装束をまとい、八正道に対する新たな決意を胸に、一日中寺院で過ごす人もいます。

敬虔な仏教徒は、教えに基づく五戒を遵守する誓約をし、高潔な日々を過ごしていますが、特に新月と満月の特別な日には、道徳、簡素、謙虚を実践するために八正道を遵守します。

またある寺院では、小さな幼児の仏陀像を祭壇の前にまつり、花で飾りつけられた小さなたらいに水を張り、帰依者が像に水をそそぐことができるようにしています。これは、悪い業(カルマ)を洗い清め、神々や精霊の祝福のもと、仏陀の降誕を再現する象徴的な行為になります。

帰依者たちは、僧侶による説法を聴きます。この日は、国や国民の繁栄と平和を願い、僧侶たちは仏陀によって語られた詩句を詠唱します。仏教徒たちは、仏陀が説いたように、他人を信頼し、他人の信条を尊敬し、調和を持って生活することを思い起こされます。

●他の人々に幸せを運ぶ
ヴェーサーカの祝日は、高齢者、障がい者、病人のような人々に幸せを運ぶ特別な努力をする日を意味します。この日には、仏教徒は贈り物を贈ったり、奉仕活動をしたりします。ヴェーサーカは、大きな幸せや喜びの時であり、自分の欲望を満たすのではなく、寺院での奉仕活動や、仏陀の教えを世間に示すために専念する時でもあります。また、敬虔な仏教徒たちは、仏陀を礼拝するために寺院に足を運んだ信奉者たちに、軽食や精進料理(ベジタリアン・フード)を提供する腕を競い合います。

ブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)は、日本ではウエサク祭(または花祭り、降誕会など)として親しまれています。京都の鞍馬寺では、5月24日(25日の夜では満月を過ぎてしまうため、24日に行われます。)にウエサク祭の行事が行われます。

興味ある人は、足を運んで、仏陀の教えを学び、瞑想する良い機会にするとよいでしょう。

[1]Vesākha, http://en.wikipedia.org/wiki/Vesak

ありのままに観る

2013.05.20 Monday

精神性を深める道を行く中で大切な行いとなり得る瞑想には、インドにおいても、数多くの方法が存在します。仏陀が悟りを開いたとされるヴィパッサナー瞑想もその一つです。「ありのままに観る」その瞑想法は、現代社会において、人々の心に存在する苦悩を和らげる術とも伝えられるものです。

瞑想と言うものが何なのか、このヴィパッサナー瞑想を通じ少しだけ理解できたように感じたことがあります。呼吸、感覚、感情といったものをただ見つめるだけで、外側に向いていた意識は集中的に自分自身の内へと向かい、そこで見えてくるものは更に深く大きな世界でした。

「ありのままに観る」ことは、決して容易いことではありません。好きや嫌い、損や得など、様々にものごとのあり方を定義したい心は常に大きく動き続け、幸せや苦しみをもたらします。波のように出ては消え、出ては消え行くその動きをただ見ている時、まるで迷い込んだように、波にのみ込まれた感覚を抱いたことも事実です。

私たち人間が苦悩を抱えるのは、現れるその波に気づかないことが原因であると言われます。しかしそれは、明確に現れています。呼吸は乱れ、様々な感覚となって体を巡り、新たな波を引き起こします。ありのままに観るという行いを繰り返すうちに生じる気づきは、波から自分自身を遠ざけ、飲み込まれることも、更なる波を立てることもありません。いつしか波が小さくなり、そしてなくなることがあれば、心は濁らず、常に清浄であることが可能なのだろうと確かに感じたことを思い返します。

「私は幸せが欲しい」その言葉に、仏陀は返します。「自我である『私』、そして欲である『欲しい』が取り除かれれば、そこに『幸せ』が在ります。」ただそこに在る幸せを濁らせるものは、心の波が生み出す自我や欲望に他ありません。あるがままに観るという術は、その根本を除去していくものでもあります。

ヨーガを通じ、日々をより清らかに美しく生きる術を実践する中で、ものごとをありのままに観る術も、同じように日々に豊かさをもたらします。現代にも生きるその叡智が、多くの人々の心に平安をもたらすことを、ブッダ・プールニマーを迎える今、心からお祈りしております。

(文章:ひるま)

ガネーシャと歓喜天について

2013.05.20 Monday

ガネーシャ神は、障害除去・招福の神様としてインドで民衆にもっとも人気のある神様のおひとりですが、 歓喜天(聖天)として日本にわたってきているのをご存じの方も多いと思います。

ガネーシャだけではなく、シヴァ(不動明王・大黒天)、ラクシュミー(吉祥天)、カーリー(鬼子母神)、クベーラ(多聞天・毘沙門天)、インドラ(帝釈天)など様々な神さまが仏教に取り入れられる形で日本に入ってきています。

そういう意味では日本人は、ずいぶん昔からインドの神様に触れているといっても過言ではないと思います。

個人的な話で恐縮ですが、私は日本三大聖天のひとつ、「妻沼聖天山・歓喜院」の南西10kmほどの街で生まれ育ちました。
ですから子供頃から「聖天様」にはなじみがあったわけです。

しかし、それがガネーシャが日本にわたってきた姿だと知るのはずいぶん後のことになります。

ところで、日本では聖天様は日本ではかなり恐い神様だと言われているのをご存じの方も多いかもしれません。
聖天を拝む行者は、なんでも望むものを手に入れられる反面、少しでも作法を間違うと、命を奪われかねない、という話は聞いたことがあります。

この話を普通のインド人にすると、大抵相当驚かれます。
ガネーシャはとても優しい神様で、拝む人の命を奪うなんて考えられないと・・・。

たしかにインドでもガネーシャの性格には強力な部分もあります。凶星ラーフと関係している部分もあります。
元々出自は障害神だったという部分もあります。

しかしそれにしても大きく変わりすぎという印象を受けます。あの優しいガネーシャがそんなに変わるとはにわかには信じられません。
なぜこれほど性格が変わってしまったのかは謎ですが、やはりインドから日本に来る過程で、そして日本で歴史を経る過程で違う神格が付加された可能性が考えられます。
しかし・・私は個人的には、ガネーシャが無理やり?仏教にとりこまれたため、臍を曲げたのではと(半分冗談ですが)考えています。

もしろん、聖天様のお寺に詣でるのはとてもいいことですし、我々一般人に対して恐い面を見せることはないと思います。
しかし、自宅に安置して拝む、または飾って楽しむのは、(基本的に秘仏の聖天の像や絵はあまり出回っていないということもありますが)ガネーシャの像や絵がいいのでは、と個人的は思います。

威厳のある、あるいは可愛らしいお顔のガネーシャを家に置くと、幸運をもたらし家全体が明るくなる感じがします。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによる特別ゼミ インド占星術基礎と運命改善技法」
http://www.uranai-school.jp/h_kaikou/toku_vedic_girii.html2

「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
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バガヴァッド・ギーター第5章第26節

2013.05.20 Monday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターの原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

कामक्रोधवियुक्तानां
kāmakrodhaviyuktānāṁ
カーマクローダヴィユクターナーン
欲望と怒りから離れ


kāma【男性】~に対する願望、欲望;愛、快楽;利益;性愛;愛の神
krodha【男性】怒り、激怒、憤怒、激情
viyuktānām【男性・複数・属格 viyuktavi√yujの過去受動分詞)】離された;分離させられた;~から離された、自由な、に欠乏した、~を欠いた
→kāmakrodhaviyuktānām【男性・複数・属格、限定複合語】[~の、~にとって]欲望と怒りを離れた

यतीनां यतचेतसाम् ।
yatīnāṁ yatacetasām |
ヤティーナーン ヤタチェータサーム
心を抑制した苦行者たちにとって


yatīnām【男性・複数・属格 yati】[~らの、~らにとって]指導者;世捨て人、苦行者、隠遁者
yata√yamの過去受動分詞】抑制された、制御された、阻止された
cetasām【中性・複数・属格 cetas】[~らの、~らにとって]様子;光輝;自覚;知能;感官;心、精神、意志
→yatacetasām【男性・複数・属格、限定複合語 yatacetas】[~の、~にとって]精神の抑制された、心が鎮静した

अभितो ब्रह्मनिर्वाणं
abhito brahmanirvāṇaṁ
アビトー ブラフマニルヴァーナン
ブラフマンにおける涅槃は近くに


abhitas【副詞】こちらへ、近く、周囲に;全く
brahmanirvāṇam【中性・単数・主格 brahmanirvāṇa】[~は、~が]ブラフマン(梵)の中に帰入すること、ブラフマンにおける涅槃、梵涅槃

वर्तते विदितात्मनाम् ॥
vartate viditātmanām ||
ヴァルタテー ヴィディタートマナーム
存在する、自己を知る者たちにとって


vartate【三人称・単数・アートマネーパダ・現在 √vṛt】[彼は~、それは~]転ずる、回転する、転がる;進む、進行する、執行される;~を条件とする、伴う;(ある場所に)ある、止まる、住する、滞在する;存在する、生存する;~の中に見出される
vidita√vidの過去受動分詞】~として確かめられた・知られた・認知された
ātmanām【男性・複数・属格 ātman】[~の、~にとって]気息;霊魂;生命、自身;本質、本性;特色;身体;知性、悟性;我、最高我
→viditātmanām【男性・複数・属格、所有複合語】[~らの、~らにとって]自己を知った、自己を認識した

कामक्रोधवियुक्तानां यतीनां यतचेतसाम् ।
अभितो ब्रह्मनिर्वाणं वर्तते विदितात्मनाम् ॥२६॥

kāmakrodhaviyuktānāṁ yatīnāṁ yatacetasām |
abhito brahmanirvāṇaṁ vartate viditātmanām ||26||
欲望と怒りから離れ、心を抑制し、自己を知る
苦行者たちにとって、ブラフマンにおける涅槃は近くにある。
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