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バガヴァッド・ギーター第6章第10節

2013.09.11 Wednesday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターの原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

योगी युञ्जीत सततम्
yogī yuñjīta satatam
ヨーギー ユンジータ サタタム
ヨーギンは、常に修練すべきである


yogī【男性・単数・主格 yogin】[~は、~が]ヨーガ行者、修行者、実践者
yuñjīta【三人称・単数・アートマネーパダ・願望 √yuj】[彼は~だろう、彼は~するべき]~に繋ぐ;接合する、結合する;~に(精神・思考)を集中する;精神を統一する、深く瞑想する;想起する、回想する
satatam【副詞】絶えず、何時も、常に、永久に

आत्मानं रहसि स्थितः ।
ātmānaṁ rahasi sthitaḥ |
アートマーナン ラハシ スティタハ
自己を、人里離れた場所に留まり


ātmānam【男性・単数・対格 ātman】[~に、~を]気息;霊魂;生命、自身;本質、本性;特色;身体;知性、悟性;我、最高我
rahasi【中性・単数・処格 rahas】[~において、~のなかで]隠退、孤独;淋しい場所;秘密
sthitas【男性・単数・主格 sthita】立っている、立ち上がっている;~に留まる・残る・位置している;~に従事した・熱中した・耽った・献身した・実践する・に屈しない;着実な、守られた;定着した

एकाकी यतचित्तात्मा
ekākī yatacittātmā
エーカーキー ヤタチッタートマー
一人で、心身を制御し


ekākī【男性・単数・主格 ekākīn】単独の、孤独の、全く唯一の
yata√yamの過去受動分詞】抑制された、制御された、阻止された
citta【中性】注意;思考、思想;目的、意志;精神、心、知性、理性
ātmā【男性・単数・主格 ātman】[~は、~が]気息;霊魂;生命、自身;本質、本性;特色;身体;知性、悟性;我、最高我
→yatacittātmā【男性・単数・主格、同格限定複合語】心と自己を抑制した、心身を制御した

निराशीर् अपरिग्रहः ॥
nirāśīr aparigrahaḥ ||
ナラーシール アパリグラハハ
欲望を持たず、所有なく


nirāśīs【男性・単数・主格 nirāśis】希望・欲望を持たない
aparigrahas【男性・単数・主格 aparigraha】包含しないこと;受けないこと;剥奪、欠乏、貧窮 【形容詞】貧乏な;妻なき

योगी युञ्जीत सततमात्मानं रहसि स्थितः ।
एकाकी यतचित्तात्मा निराशीरपरिग्रहः ॥१०॥

yogī yuñjīta satatamātmānaṁ rahasi sthitaḥ |
ekākī yatacittātmā nirāśīraparigrahaḥ ||10||
ヨーギンは、一人で隠逸し、心身を制御し、
欲望を持たず、所有せず、常に自己を修練すべきである。

ガネーシャ降誕祭

2013.09.09 Monday

2013年9月9日は、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られるガネーシャ神の降誕祭(ガネーシャ・チャトゥルティ)です。

インドの霊的指導者であり、シヴァーナンダ・ヨーガで知られるスワミ・シヴァーナンダ氏は、解脱にいたるためのもっともシンプルな方法として、次の3つの方法を挙げています[1]。

1.否定的で不道徳な性質を取り去り、肯定的で霊的な性質を養うこと。
2.あらゆる活動の最中に、常に神のことを思うこと。
3.すべての活動を、神のおみ足に捧げること。

否定的で不道徳な性質には、さまざまなものがありますが、聖ラーマクリシュナの霊性のパートナーであるサーラダー・デーヴィーは、この性質の一例として、他人の欠点を見ることを挙げて、次のように述べています。

「愛しい子よ、他人の欠点を見るのは止めなさい。人生はとても短いもので、自身の欠点を取り除くにも十分な時間はありません。自身の内面を見つめ、悪い性質を省みれば、とても多くの欠点に気がつき、それだけで時間がなくなってしまいます。人生のすべての時間を費やしても、私たち自身の欠点を取り除くのに十分ではありません。あなた自身の家の掃除を始めずに、他人の欠点を拾い集めるならば、あなたは何も変わることはないでしょう。」

では、このような性質を取り除くためには、どのような方法があるでしょうか。サーラダー・デーヴィーは次のような祈りを提案しています。

「神よ、私は他人の欠点に目がいってしまいました。今までは、それが自身の性格に染みついていたため、障壁の原因となっていることに気がつきませんでした。私は、この習慣を改めて、神聖な性質を身につけます。今日から、誰の欠点も見ないようにします。私は、自身の崇高な目標から、心をそらさないようにします。私は古くから心に染みついたこの習慣を改めます。今後は、このような過ちを犯すことはありません。霊的な成長を阻害するマーヤー(幻力)に、私は心を許しません。神よ、どうかこのための力をお授けください。」

ガネーシャは、障害を取り除き、不正な性質を正す神さまとして知られています。そのため、このような悪習や不道徳な性質を取り除くために、大きな力を貸してくれる神さまとなります。

ガネーシャ・チャトゥルティは、新たなものごとの始まりに、願を立てて祈りを捧げるのに最適な吉日です。高い志をもって祈りを捧げれば、ガネーシャ神は、きっと祝福してくれるでしょう。

ガネーシャ・チャトゥルティの吉日、ガネーシャ神があらゆる障害を取り除く助けとなって、皆さまがより良い人生を歩めますように、心よりお祈り申し上げます。

参考
[1]Sri Swami Chidananda, "A Good Beginning", http://www.dlshq.org/religions/ganeshchatur.htm

繋ぐ行い

2013.09.09 Monday

ヨーガを追い求めて繰り返し足を踏み入れるこの世界は、どんな時も、自分自身の在るべき場所を見せてくれるように感じます。究極的に、現在という瞬間に向き合う歩みの中にいるからかもしれません。

アーサナやプラーナヤーマを通じるヨーガの行法は、自己の存在の気づきへと向かう深遠な旅のようなものです。肉体という物質を通じた行法の数々は、捕らえにくい精神のあるところを明確に見せつけてくれるものであり、その過程は、自分自身という小さな世界の中を巡る、自己探求の旅に他ありません。

例えば、座法と称されるアーサナの修練は、常に自分自身の座すべきところを気づかせ、ルーツとも言えるこの大地へと自身を繋げていきます。それは、自分と外界とを繋ぐ術であり、自分と内なる神とを繋ぐ術でもあります。しかし、その繋がりは決して、肉体を通じる座法だけに見出されるものではありません。

ヨーガの経典「ヨーガ・スートラ」において、ヨーガの最初のステップとして記されるのが「ヤマ」「ニヤマ」という守るべき行いです。聖典バガヴァッド・ギーターにおいても、行いの大切さは繰り返し説かれる事象の一つです。

こうして世界に生を受け、行いなしに、この生を全うすることはできません。あらゆるものが雑多に混在するインドの世界に身を置く中で、行いの重要性はどんな時よりも強く気づかされるものです。一つの呼吸がこうして自らを育むことを、こんなにも強く感じる瞬間はなく、どんな行いにも疎かにできない大切な意味があることを、そしてそれを真摯に努めることが、確実に自身を至福へと繋いでいくことを実感しています。

さまざまな術が説かれるヨーガの行いの中で、どの道を歩んでその行き着くところを見つけるのか、それぞれに術は異なっても、「繋ぐ」ことに何よりもの意味があるのは変わることのない事実です。一つ一つの呼吸を通じ、自身を在るべき場所へと繋ぐ行いを、今ここで努めています。

気づきをもった行いがもたらすさまざまな変容は、確実に、自己の本質を見せてくれるに違いありません。呼吸を続ける限り、この行いに捧げられる修行を全うし、自身の在るべき場所に繋がり続けたいと心から願っています。

(文章:ひるま)

カレーと星の関係?

2013.09.09 Monday

食欲の秋に突入しつつある今回は、料理に関してのお話です。

先日、馴染みのインド料理屋でカレー(つまりインド料理)を食べていました。
最近のお気に入りは、「ナヴラタン・コルマ」。ヨーグルトや生クリームベースのルーにたくさんの野菜やナッツ、キノコなどが入った贅沢な料理です。
ムガール帝国時代、皇帝が食べていた宮廷料理だと言われています。
ところで食べながら考えたのですが、ナヴァラタンはつまり「ナヴァ・ラトナ(9つの宝石)」という意味です(コルマは料理名)。
9つの宝石と言いますと、インド占星術の知識がある方はおわかりになると思いますが、インド占星術で9つの惑星に対応する石のことです。
古くは「サ―マ・ヴェーダ」にも記載があるインドの伝統的運命改善法です。
運気が悪い人は、その星に対応する石を身に着けたりして運気を改善するわけです(代わりにルドラークシャを身に着けることも広く行われています)。

ここで、気付いたのですが、もしかしたら9つの惑星に対応する野菜類を食べて、皇帝たちが無病息災を祈った料理が起源ではないか、ということです。
日本でも「恵方巻き」のように食事によって無病息災を願う風習がありますが、当然インドにもあるでしょう。

ムガール帝国は、イスラム教徒の皇帝たちですから、インド占星術などの知識は取り入れなかったのでは、と思われる方もおられるかもですが、実は皇帝たちは惑星に対応する宝石を身に着けていた、という文献を読んだことがあります。家臣には当然ヒンドゥー教徒もおり、その知識や技術が取り入れられたのは想像に難くないでしょう。

私はインドのスピリチュアルな知識は専門でも、インド料理は専門外です。ですから、上記の話は間違っているかもしれませんが、個人的にはこの考えは正しいのでは、と密かに思っています。(もちろん、9人の料理人が開発したなどの、他の説もあるのも当然だと思います。)

最後に、話は少しシフトしますが、いずれにせよ本質的な意味で正しい食事をするということは、間違えなく運命を良い方向に変えます。
そしてそれはルドラークシャやナヴァラトナを身に着けること、ヨーガや瞑想を実践することと一緒に行えば効果は絶大でしょう。

もしできることならば、なるべく体にもよく、環境にも優しい食事を食べましょう。そうすれば星は私たちの運命を良い方向に導いてくれると信じています。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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「ガネーシャ・ギリによる特別ゼミ インド占星術基礎と運命改善技法」
http://www.uranai-school.jp/h_kaikou/toku_vedic_girii.html

「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
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バガヴァッド・ギーター第6章第9節

2013.09.09 Monday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターの原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

सुहृन्मित्रार्युदासीन
suhṛnmitrāryudāsīna
スフリンミットラーリユダーシーナ
親友、仲間、敵、中立者


suhṛd【男性】友人、親友;同盟者
mitra【男性】友人、仲間、同僚
ari【男性】敵、対戦者
udāsīna【男性、ud√āsの現在分詞】無関心の;(処格)に対して無頓着な;無気力の、不活発な 【男性名詞】無頓着な人;他人、無関係の人、中立者

मध्यस्थद्वेष्यबन्धुषु ।
madhyasthadveṣyabandhuṣu |
マッディヤスタドヴェーシャバンドゥシュ
中間者、憎むべき者、親族に対して


madhyastha【男性】中央にある;空中にある;内部にある;中間にある;(属格)の中間を占める;中間の;無関心の、不偏の、中立の、中間に立った
※「中間者」(中間国)とは、自国と当面の敵との、双方に隣接する国である。(上村勝彦注)
dveṣya【男性】敵 【形容詞】憎むべき、忌まわしい
bandhuṣu【男性・複数・処格 bandhu】[~において、~のなかで]結合、関係;親戚であること、親戚関係;(母方の)血族;親族;朋友;夫
→suhṛnmitrāryudāsīnamadhyasthadveṣyabandhuṣu【男性・複数・処格】[~において、~のなかで]親友、仲間、敵、中立者、中間者、憎むべき者、親族

साधुष्व् अपि च पापेषु
sādhuṣv api ca pāpeṣu
サードゥシュ アピ チャ パーペーシュ
また善人や悪人に対して


sādhuṣu【男性・複数・処格 sādhu】(人間について)高貴な、有徳な、善良な;よい、有徳な 【男性名詞】ふさわしいまたは尊敬すべき人間;聖人、仙人;宝石商
api【不変化辞】さらに、また、同様に;されど、なお
ca【接続詞】そして、また、~と
pāpeṣu【男性・複数・処格 pāpa】[~において、~のなかで]邪悪な男、悪党、罪人

समबुद्धिर् विशिष्यते ॥
samabuddhir viśiṣyate ||
サマブッディル ヴィシッシャテー
平等に考える人は優れている


samabuddhis【女性・単数・主格 sama-buddhi】[~は、~が]平等に考える人、等しく見る人
viśiṣyate【三人称・単数・現在・受動活用 vi√śiṣ】[彼は~される、それは~される]大いに尊重される;より優れている

सुहृन्मित्रार्युदासीनमध्यस्थद्वेष्यबन्धुषु ।
साधुष्वपि च पापेषु समबुद्धिर्विशिष्यते ॥९॥

suhṛnmitrāryudāsīnamadhyasthadveṣyabandhuṣu |
sādhuṣvapi ca pāpeṣu samabuddhirviśiṣyate ||9||
親友、仲間、敵、中立者、中間者、憎むべき者、親族に対して、
また善人や悪人に対して、平等に考える人は優れている。
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