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ラクシャ・バンダン

2014.08.04 Monday

2014年8月10日は、ラクシャ・バンダンの祝日です。ラクシャ・バンダンについての簡単な解説を、以下Raksha-Bandan.comよりご紹介させていただきます。

ラキ:愛の紐

ラキは、兄弟・姉妹の愛情で彩られた神聖な紐のお守りです。ラクシャ・バンダン(守護を結ぶの意味)として知られるこの日は、ヒンドゥー暦におけるシュラヴァナ月の満月の日に祝われます。一筋の紐に過ぎないラキは、 愛と信頼の固い絆の中でもっとも美しい関係を結ぶとき、鉄の鎖より強いとみなされます。 また、誰もが助け合い、仲良くするべきという概念を広めるために、ラキの祝日は社会的な意義があります。

伝統と習慣

ラクシャ・バンダンの祝日は、兄弟・姉妹間で分かち合う愛情に捧げられます。 この日、姉妹たちは、兄弟の長寿と祝福を神に祈ります。 兄弟たちは、姉妹に美しいラキを贈り、この世界の悪から姉妹を守ることを約束します。 この習慣は古くからあり、ここで行われる儀式は地域によって異なりますが、その美しい意義はどこにおいても変わることはありません。

ラキの意味

調和をもたらし、家族をひとつにまとめるために、ラキの祝日には大きな意味があります。ラキは、兄弟・姉妹間の愛、すなわち彼らが子供の頃から共有している愛の絆を表しています。 ラクシャ・バンダンを祝う習慣は遙か昔に遡り、今なお、人々は伝統的な方法でその愛情を表現しようとしています。ラキは、古い時代から、兄弟・姉妹間の愛の絆を強く結びつけてきたのです。

ラキのお祝い

ラクシャ・バンダンのお祝いは、兄弟・姉妹間の穢れのない愛を表す祝日です。 古くから、この祝日は歓喜をもって祝福されてきました。ラキは兄弟・姉妹間の無条件の愛の証です。 女性たちは、少なくとも祝日の2週間前から準備を始めます。その一日を特別な日にするために、人々はラキや贈り物、ラキ・プージャーのプレート、お菓子などを買います。 これはまた、この神聖な祝日を祝うために家族が集まるという一つの機会にもなります。愛する人々の間での贈り物は、この特別な日を心に残る美しい思い出にしてくれます。

出典:Raksha Bhandan, http://www.raksha-bandhan.com/
より翻訳転載

我を忘れ、他に尽くす

2014.08.04 Monday

7月の満月より始まったシュラヴァナ月も、次の満月で終わりを迎えます。そしてこの満月において、兄弟姉妹の愛を誓い合うラクシャ・バンダンの祝祭が、インドの広い地域で執り行われます。

このラクシャ・バンダンは兄弟姉妹の間のものだけではありません。友人と友人の間、また、グルと弟子の間で行われることもあります。そしてこの祝祭に欠かすことの出来ない「ラキ」は「純粋な紐」と言われ、とても大切な意味を持ち合わせているものです。

手首にラキを結ぶ行いは、人々を純粋さへと結びつけるものであると伝えられてきました。大切な人のために尽くす行いが、自分自身を浄化する何よりもの行いであるとされてきたためです。

「自己を見つける最善の術は、我を忘れ、他に尽くすことである。」

マハートマー・ガンディーもそう述べています。自分が中心となって生じる思考は、さまざまな苦悩を作り出し、心身を乱します。その苦悩をぬぐい去り、心身に平安をもたらす行いが、他への奉仕であることが古くから伝えられてきました。

我を忘れるほどに他に尽くす中で、自我が生み出す煩悩は消え失せ、思考は止まり、心には穏やかさと共に静寂が生まれていきます。それはまさに、自分自身を純粋なものへと浄化する行いに他ありません。家族というもっとも身近な存在を通じ、私たちはまず、自分自身を捧げ、他に尽くすことを学びます。

他との結びつきは、全体と一つとなった大きな平安を経験させてくれるものでもあります。インドでは家族の存在が何よりも大切なものであり、どんな時も、その存在が中心にあります。そうした結びつきを少しずつ拡大していく中で、私たちは全体の意味をより深く理解できるに違いありません。

聴聞の月であるシュラヴァナが終わりに近づく中、改めて古い教えに耳を傾け、そしてその教えの実践にこれからも励んでいきたいと感じています。満月は8月10日です。残りわずかになったシュラヴァナ月がより良い時となりますよう、心よりお祈り申し上げております。

(文章:ひるま)

ナーガ・パンチャミー

2014.07.28 Monday

神聖なシュラヴァナ月における祝祭の一つに、ナーガ・パンチャミーと呼ばれる蛇神を讃える祝祭があります。蛇にまつわる神話は世界に広く存在しますが、インドでもまた、その存在が深遠な意味合いを映し出しています。

インドでは広く、蛇は多産や豊穣の象徴とされ、また脱皮を繰り返す姿が輪廻と不死の象徴として崇められてきました。宇宙を維持するヴィシュヌ神は、永遠を意味する「アナンタ」という大蛇に横たわり眠っています。私たちの内に存在する根源的な生命エネルギーもまた、尾てい骨に蛇のようにとぐろを巻いて眠っていると言われます。「クンダリニー」と称されるそのエネルギーは、古代より、多くの探求者がその覚醒に努めてきたものに他ありません。

一方で、シヴァ神もまた蛇と共に描かれます。一説には、シヴァ神の首にぐるりと三周巻きついた蛇の姿が、過去、現在、未来の三つのサイクルを象徴していると伝えられています。それは、心の動きによって生じる過去や未来という「時」を超越した、永遠の存在であることを示しているのだと言います。心を克服し、本質である崇高でいて永遠の存在と一つになるというヨーガの究極の目的を、最大のヨーガ行者であるシヴァ神が静謐に物語っています。

この時期に祝福されるナーガ・パンチャミーは、モンスーンに入り水かさが増え、さ迷い出る蛇の被害を受けないよう祈りを捧げたことが始まりだとも伝えられます。蛇は神聖視される一方で、くねくねと動き回る姿、また毒を持つ危険性が、人々の心のように映ります。そんな蛇を自身に巻きつけるシヴァ神は、心に打ち勝ち、永遠の真実に定まる至福を私たちに示しています。

自身の内に眠るとぐろを巻く真のエネルギーの覚醒は、その内を克服し脱皮した時に初めてあらわれるのかもしれません。この神聖な時、古代の叡智が示す象徴を通じ、改めて求めるものを見つめ直す瞬間にいるような気持ちです。叡智は常に、人々を導き続け、真実を明るく照らしています。その光の下で、心のあるべく場所をしっかりと示し、永遠の至福を自分自身の存在に映し出していきたいと感じています。


※ナーガ・パンチャミーは地域によって差異が生じますが、主な地域では2014年8月1日に祝福されます。


参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Nag_Panchami

シヴァ神の目

2014.07.28 Monday

神々の象徴を見つめる時、私たちが生きる日々に、非常に深い意味を与えられることが多くあります。シヴァ神の姿もその一つです。そこにあらわされる全てに、人々が生きることの深い意味が秘められています。

シヴァ神の目は、完全に閉じることもなく、そして完全に開くこともなく描かれることが多くあります。シヴァ神がその目を開く時、新しい創造は始まり、そして閉じる時、次の創造に向けて宇宙は消えて行くと言われます。開きもせず、閉じられもしないその目は、この世界が始まりもなく終わりもなく、ただ続いていることを象徴していると伝えられます。

シヴァ神が、マハーカーラ(=偉大な時)とも呼ばれるように、その象徴を通じ学ぶものは、時を超えた存在です。シヴァ神の首に三周とぐろを巻いた蛇が、過去、現在、未来の三つをあらわすのは、時を超越した偉大な存在であることを何よりも強く示し、私たちにその意味を物語っています。

時間という枠の中で、始まりがあり、終わりがある物質に左右される現代、私たちの心は、常に不安と恐怖に包まれています。物質である肉体を持って生じた私たちは、この物質世界に囚われ、そこにただ存在する精神の永遠性を理解することがなかなかできません。だからこそ、永遠である精神を象徴とする神々に常に心を定めることが切に説かれてきました。

シヴァ神の目は、始まりもなく終わりもないそのサイクルの中に、私たちが生きていることを学ばせます。そこに私たちの精神が永遠に存在していること、その事実に気づくために、私たちは日々を生き学ばなければなりません。

こうして巡る時の中で、その移ろいに心を乱されながらも、神々の象徴を通じ、何度も何度も永遠の意味に気づきながら、やがてその中に溶け込むことができるのではないかと感じています。だからこそ、今この一瞬を大切に、丁寧に生きることを努めています。

心が動く時は常に、永遠であり絶対の存在に心を定めること、それはインドの地が繰り返し教えてくれたことです。そして、私たちが生きているのは、未来でも過去でもなく、今というこの瞬間であることを、シヴァ神はどんな時も教えてくれるように思います。

(文章:ひるま)

内なる成熟のために

2014.07.21 Monday

シヴァ神を讃える神聖な時が続いています。ヒンドゥー教の三大神として、破壊神でありながら限りのない恵みをもたすことで知られるシヴァ神は、人々から広く崇拝され、その内に生き続ける存在です。

シヴァ神は、ヴェーダにおいては暴風雨神ルドラとして、そして土着の神々を吸収しながら、さまざま神格としてその存在が崇められるようになりました。破壊をもたらす一方で、人々には健康や安寧を保障する神としての一面もあります。例えば、輪廻を断ちきり解脱を授けると広く唱えられるマハームリティユンジャヤ・マントラの神格もシヴァ神に他ありません。

「瓜が熟して自然と蔦の束縛から離れ落ちるように、私たちが死の輪廻を克服し、不死へ至るよう導いてください。」そうマハームリティユンジャヤ・マントラでは唱えられます。瓜はその内が熟すと、自然と蔦から離れ落ちます。それは私たちに、その内が満ちない限り、決して解脱することはなく、外界の世界に束縛され続けるということを伝えているようです。

このマハー・ムリティユンジャヤは死を超越するものでもあります。始まりがあり、終わりがある外界の世界を超え、永遠が唯一存在する自分自身の内に繋がることは、究極の意識として目覚めることであり、絶対の至福、そして解脱に変わりありません。その真実を伝えるように、シヴァ神はその存在を通じ私たちに語りかけています。

神々は誰しもの内に存在しています。そのエネルギーを呼び覚ます為に、古くから祈りやマントラが用いられてきました。シヴァ神を讃えるこの吉兆な時、その術を用いて、自分自身の内なる世界に働きかけて見るのもよいかもしれません。

解脱、永遠の至福、死の超越、それらは全て、私たちの内に在るということを、常に気づいていたいと願っています。シヴァ神が全世界の繁栄を願い、長い間、深い瞑想を続けていたように、自身の内の吉兆な存在を呼び覚ます努力を続けていきたいと感じています

(文章:ひるま)
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