カレンダー

<< August 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031
  

カテゴリー

コメント

記事一覧

Feed

続・入魂の儀式

2014.09.22 Monday

前回のコラムの中に、インドの神様アイテムは「魂を込めることのできる能力のある人(パンデット=学僧)などに魂をいれてもらって、初めてご神体なるのです」という文章を書かせていただきました。それに関して補足させていただきますが、、例外はもちろんあります。
たとえば、ヤントラなどに関しては、エネルギーの質や量を問わなければ、個人で入魂することも不可能ではありません。また神像に関しては、入魂していなくても、その額や手のひらなどに、白檀やクムクムなどを塗って礼拝することにより、ある程度の効果が得られるという話も、インドの複数の場所で聞いたことがあります。
さらには、ルドラークシャやシャーラグラーマのように必ずしも入魂の儀式が必要ではないアイテムもあります。つまり「入魂の儀式をするとベストですが、そうでなくても効果を発揮しますよ。」ということなのです。
ですから、もし今現在入魂していないアイテムをお持ちでも、それから恩寵を受けることは不可能ではないのです。

実は本質的に見た場合、そういうこと以上に、神像やアイテムなどに祈りを捧げるときに、本当にその像の中に神を見ることができるかどうかということが重要なのだと思います。
究極的ないい方をすれば、もし本当の意味で、アイテムの中に神を見ることができ、それを神として礼拝することができるようになれば、それはもう入魂してあるか否かということは問題ではなくなるでしょう。極端な話ですが、もしラーマクリシュナ・パラマハンサ(近代インドの大聖者)が、ある岩の中に神を見て、それを礼拝しはじめたとしたら、その岩はご神体としてのエネルギーを纏うことになるのだろうと思うのです。
もちろん私たちのような普通の人間がそのレベルになるのは簡単ではありません。相当な瞑想能力が必要になるでしょう。しかし入魂していないアイテムに祈ることも、決して無駄ではない、ということを申し上げたいです。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
「[ガネーシャ・ギリ 同行] バガラームキー女神巡礼とチベット仏教・シク教の聖地探訪の旅」
http://www.tairikuryoyu.co.jp/special/ganesh-giri/2014-bagalamukhi/

「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

バガヴァッド・ギーター第9章第13節

2014.09.21 Sunday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターのサンスクリット原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

महात्मानस् तु मां पार्थ
mahātmānas tu māṁ pārtha
マハートマーナス トゥ マーン パールタ
しかし、偉大な精神をもつ人々は、私を、アルジュナよ


mahātmānas【男性・複数・主格 mahātman】[~らは、~らが]至上精神、宇宙我、根本原理;知性 【形容詞】偉大な精神をもつ、高尚な心をもつ、高貴な;大いに知性に富む、非常に天分の豊かな、非常に賢い;気高い、顕著な、有名な(家族)、威力のある
tu【接続詞】しかし、一方(虚辞としても使用)
mām【単数・対格、一人称代名詞 mad】[~を、~に]私
pārtha【男性・単数・呼格 pārtha】[~よ]プリターの息子。アルジュナのこと。

दैवीं प्रकृतिम् आश्रिताः ।
daivīṁ prakṛtim āśritāḥ |
ダイヴィーン プラクリティム アーシュリターハ
神的な性質に依存する


daivī【女性・単数・主格 daivī(=daivya)】神の、神聖な
prakṛtim【女性・単数・対格 prakṛti】[~に、~を]本来(または自然)の形体・状態;性質、素質、傾向、気分;基本形態、型、標準、規則;自然;(自然の)始原的構成要素[それから他のすべてが展開される]、根本原質;(国家の)構成要素
āśritās【男性・複数・主格 āśritaā√śriの過去受動分詞)】~に寄りかかる・によって支持された・頼る・庇護を求める・に献身した・服従する;~にくっつく・執着した・に特有な;~に依存する・基づいた;~に関する;~にしげしげ通った・住む・居住する・立つ・坐る・横たわる・休む・~の上にある;~に達した・到着した;~の所有に帰した・属した;~に頼った・を選んだ・に献身した・を獲得した;(報酬を)顧慮した

भजन्त्य् अनन्यमनसो
bhajanty ananyamanaso
バジャンティ アナニヤマナソー
一心に彼らは信愛する


bhajanti【三人称・複数・パラスマイパダ・現在 √bhaj】[彼らは~、それらは~]分配する、分かつ;実行する、従う、守る;好意を示す;愛する;尊敬する、崇め尊ぶ、崇拝する
ananyamanasas【男性・複数・主格 ananyamanas】他の何人をも考えない;注意を外さずに練習する



ज्ञात्वा भूतादिम् अव्ययम् ॥
jñātvā bhūtādim avyayam ||
ジュニャートヴァー ブーターディム アヴィヤヤム
万物の不変なる根源を知って


jñātvā【絶対分詞 √jñā】[~して、~してから]知る;~を察知する、~の知識を有する、(具格)によって認識する;悟る;覚える、経験する、確かめる、調べる;是認する;~と考える、~と仮定する、~と推測する;認める、証す、許す
bhūtādim【男性・単数・対格 bhūtādi】[~に、~を](すべての)万物の最初のもの、[ヴィシュヌ神の名称]
avyayam【男性・単数・対格 avyaya】不滅の、不変の;慳貪の

महात्मानस्तु मां पार्थ दैवीं प्रकृतिमाश्रिताः ।
भजन्त्यनन्यमनसो ज्ञात्वा भूतादिमव्ययम् ॥१३॥

mahātmānastu māṁ pārtha daivīṁ prakṛtimāśritāḥ |
bhajantyananyamanaso jñātvā bhūtādimavyayam ||13||
しかし、アルジュナよ、神的な性質に依存する偉大な人々は、
私を万物の不変なる根源であると知り、一心に信愛する。

バガヴァッド・ギーター第9章第12節

2014.09.18 Thursday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターのサンスクリット原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

मोघाशा मोघकर्माणो
moghāśā moghakarmāṇo
モーガーシャー モーガカルマーノー
むなしい希望を抱き、無益な行為をし


moghāśās【男性・複数・主格 moghāśa(所有複合語 mogha+āśa)】むなしい希望を抱く
moghakarmāṇas【男性・複数・主格 moghakarman(所有複合語 mogha+karman)】無益な行為をする

मोघज्ञाना विचेतसः ।
moghajñānā vicetasaḥ |
モーガジュニャーナー ヴィチェータサハ
無益な知識を持ち、思慮を欠き


moghajñānās【男性・複数・主格 moghajñāna(所有複合語 mogha+jñāna)】無益な知識を持つ
vicetasas【男性・複数・主格 vicetas】明瞭に見える(水)(RV.);識別する、賢明な(RV.);混乱した;感覚を有さない、馬鹿な

राक्षसीम् आसुरीं चैव
rākṣasīm āsurīṁ caiva
ラークシャシーム アースリーン チャイヴァ
そして、羅刹や阿修羅のような


rākṣasīm【女性・複数・対格 rākṣasa】悪魔に属する、悪魔に特有な、悪魔の
āsurīm【女性・複数・対格 āsura】精神の、神の;幽鬼の、阿修羅の、幽鬼のような
ca【接続詞】そして、また、~と
eva【副詞】実に、真に(強意を表す。しばしば虚辞として使用)

प्रकृतिं मोहिनीं श्रिताः ॥
prakṛtiṁ mohinīṁ śritāḥ ||
プラクリティン モーヒニーン シュリターハ
混乱させる性質に依存する


prakṛtim【女性・単数・対格 prakṛti】[~に、~を]本来(または自然)の形体・状態;性質、素質、傾向、気分;基本形態、型、標準、規則;自然;(自然の)始原的構成要素[それから他のすべてが展開される]、根本原質;(国家の)構成要素
mohinīm【女性・単数・対格 mohin】混乱させる、夢中にさせる
śritās【男性・複数・主格 śritaśriの過去受動分詞)】【能動の意味】~に執着する、~に立つ、~に横たわる、休む、在る、~に坐る、~に含まれる;~に訴える;(ある状態に)達した、~を取った 【受動の意味】~に頼られた、~を占められた;取られた、選択された

मोघाशा मोघकर्माणो मोघज्ञाना विचेतसः ।
राक्षसीमासुरीं चैव प्रकृतिं मोहिनीं श्रिताः ॥१२॥

moghāśā moghakarmāṇo moghajñānā vicetasaḥ |
rākṣasīmāsurīṁ caiva prakṛtiṁ mohinīṁ śritāḥ ||12||
彼らはむなしい希望を抱き、無益な行為をし、無益な知識を持ち、思慮を欠き、
そして、羅刹や阿修羅のような、人を惑わせる性質に依存する。

バガヴァッド・ギーター第9章第11節

2014.09.17 Wednesday

インド古典中もっとも有名なバガヴァッド・ギーターのサンスクリット原典講読です。
インドの霊的文化の支柱となる本書を、サンスクリット語の学習をしながらお楽しみください。

अवजानन्ति मां मूढा
avajānanti māṁ mūḍhā
アヴァジャーナンティ マーン ムーダー
愚者たちは、私を軽蔑する


avajānanti【三人称・複数・パラスマイパダ・現在 ava√jñā】[彼らは~、それらは~]見下す、軽蔑する、頓着しない;超越する;否認する
mām【単数・対格、一人称代名詞 mad】[~を、~に]私
mūḍhās【男性・複数・主格 mūḍha√muhの過去受動分詞)】[~らは、~らが]迷った;進路を失った(船);~について困惑した・混乱した・当惑した・不確実な;愚鈍な、愚かな、鈍い、低能な;途方に暮れた

मानुषीं तनुम् आश्रितम् ।
mānuṣīṁ tanum āśritam |
マーヌシーン タヌム アーシュリタム
人間の姿をとった


mānuṣīm【女性・単数・対格 mānuṣī】【形容詞】人間の;人間的な、親切な 【名詞】人間、婦人
tanum【女性・単数・対格 tanu】[~に、~を]身体、容貌、形体;ある人自身
āśritam【男性・単数・対格 āśritaā√śriの過去受動分詞)】~に寄りかかる・によって支持された・頼る・庇護を求める・に献身した・服従する;~にくっつく・執着した・に特有な;~に依存する・基づいた;~に関する;~にしげしげ通った・住む・居住する・立つ・坐る・横たわる・休む・~の上にある;~に達した・到着した;~の所有に帰した・属した;~に頼った・を選んだ・に献身した・を獲得した;(報酬を)顧慮した

परं भावम् अजानन्तो
paraṁ bhāvam ajānanto
パラン バーヴァム アジャーナントー
最高の状態を知らない


param【中性・単数・対格 para】最高の;より優れた、より高い、より良い、より悪い;最上の、卓越した、最善の;最大の
bhāvam【男性・単数・対格 bhāva】[~に、~を]生成すること、生起すること、起こること;(―゜)に変わること、(処格)に変化すること;在ること、存在;永続、存続;~である状態;あること・成ること;振る舞い、行状;状態、状況;階級、地位
ajānantas【男性・複数・主格 ajānat(a√jñāの現在分詞)】知らない、無知な、気づかない


मम भूतमहेश्वरम् ॥
mama bhūtamaheśvaram ||
ママ ブータマヘーシュヴァラム
私の、万物の偉大な主を


mama【単数・属格、一人称代名詞 mad】[~の、~にとって]私
bhūta【男性】存在物[神・人・動物および植物を含む];被創造物;万物;世界
maheśvaram【男性・単数・対格 maheśvara】[~に、~を]偉大な主、首長;神;シヴァ神およびヴィシュヌ神の名称
→bhūtamaheśvaram【男性・単数・対格、限定複合語】[~に、~を]万物の偉大な主

अवजानन्ति मां मूढा मानुषीं तनुमाश्रितम् ।
परं भावमजानन्तो मम भूतमहेश्वरम् ॥११॥

avajānanti māṁ mūḍhā mānuṣīṁ tanumāśritam |
paraṁ bhāvamajānanto mama bhūtamaheśvaram ||11||
万物の偉大な主である私の最高の状態を知らずに、
愚者たちは、人間の姿をした私を軽蔑する。

ピトリ・パクシャ

2014.09.16 Tuesday

現在インドの一部地域では、「ピトリ・パクシャ」を迎えています。「ピトリ」は先祖を意味し、「パクシャ」は月の満ち欠けのそれぞれ約2週間を意味します。先日の満月(9月9日)から次の新月(9月24日)までの約2週間が、この先祖供養の時となります。

一説には、亡くなった3世代の先祖の魂は、死の神・ヤマが司るピトリ・ローカと呼ばれる天と地の間にいると信じられています。そしてこの約2週間に、その先祖たちが地上に舞い戻ると考えられ、この間にシュラーッダ、タルパナなどと呼ばれる儀式やその他さまざまな供養を行うことで、亡くなった魂は私たちを祝福し、幸せに旅立っていくと伝えられます。

この間は儀式と共に、先祖だけでなく、貧しい人々への食事の施しが特に先祖を幸せにする行いの一つとして、広く執り行われます。こうした先祖供養の背景には、さまざまな言い伝えや聖典の記述が存在し、供養の方法にも複雑な過程が含まれています。

インドの死生観の中で、とりわけ深く学ぶものは魂の永遠性です。聖典バガヴァッド・ギーターでも広く引用される節に以下の箇所があります。

私は未だかつて存在しなかったことはない。
あなたも、ここにいる王たちもそうだ。
そして、私たちはすべて、これから先、存在しなくなることもない。
(バガヴァッド・ギーター第2章第12節)

終わりを迎えるのは肉体(物質)のみであり、魂(精神)は始まりもなく、終わりもなく、ただ永遠に存在しています。だからこそ、移り変わる肉体(物質)のために嘆き悲しむなと、聖典の中で繰り返し説かれてきました。永遠に、そして遍在する魂を常々想うことは、精神の繁栄と豊かさ、そして平安をもたらすものです。

この先祖供養においては、自分自身の先祖だけでなく、亡くなったあらゆる魂に祈りが捧げられます。そうして深まる精神性が全体に広がり、人々が永遠の平安に安住することができるようこの時に祈りを捧げたいと感じています。

日本でもまた、秋のお彼岸を迎えようとしています。今、姿形の見えない魂であっても、それは永遠に遍在していることを胸に刻み、あらゆる魂が平安にあるよう、自分自身の精神も育んでいきたいと感じています。

(文章:ひるま)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 | 161 | 162 | 163 | 164 | 165 | 166 | 167 | 168 | 169 | 170 | 171 | 172 | 173 | 174 | 175 | 176 | 177 | 178 | 179 | 180 | 181 | 182 | 183 | 184 | 185 | 186 | 187 | 188 | 189 | 190 | 191 | 192 | 193 | 194 | 195 | 196 | 197 | 198 | 199 | 200 | 201 | 202 | 203 | 204 | 205 | 206 | 207 | 208 | 209 | 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 | 219 | 220 | 221 | 222 | 223 | 224 | 225 | 226 | 227