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「アティ・ルドラ・マハー・ヤジュニャ」

2006.08.10 Thursday

8/9(満月の日)より12日間にわたり、インド・プッタパルティのサイババのアシュラムで、「アティ・ルドラ・マハー・ヤジュニャ」が行われているようです。このヤジュニャ(祭祀)は、人類の平安と繁栄を願って、ルドラ(シヴァ神)に祈願するものです。アティ(甚大な・莫大な)という言葉にもあるように、このヤジュニャには甚大な手間がかかるために、インドでも頻繁に行われるものではありません。過去には2001年にシルディ・サイババ寺院[1]や、1997年にはアメリカ[2]で行われたとの報告があります。

このヤジュニャがどのようなものか、SSSBPTのホームページ[3]を参照してご紹介いたします。

『聖者サターパータは、彼の著作「マハールナヴァ・カルマ・ヴィパーカ」の中で、ヴェーダや聖典に共通するアビシェーカの四つの形式について列挙しています。それらはルドラム、エーカーダサ・ルドラム、マハー・ルドラム、アティ・ルドラムであり、後者になるほど効果が強くなります。この中で、もっとも強力なアティ・ルドラムには、14,641のルドラムが含まれています(クリシュナ・ヤジュル・ヴェーダ・サムヒターの第4カーンダ(章)第5プラパータカ(節)にあるルドラーディヤーヤムに、ナマカムとチャマカムの組み合わせとしてのルドラムが記載されています)。
ナマカムとチャマカムはそれぞれ11のアヌヴァーカ(ヴェーダの章節)から成り立ちます。ナマカムを全11アヌヴァーカ吟唱した後に、チャマカムを1アヌヴァーカ唱えると1ルドラムとなります。
ナマカムを唱えた後にチャマカムを1アヌヴァーカづつ唱えていくと、ナマカムを11回唱えたところで、チャマカムを全章唱えることになります。これがエーカーダサ(11の意味)・ルドラムとなります。
そして、エーカーダサ・ルドラムを11回繰り返すことをラグ(手軽なという意味)・ルドラムといいます。ラグ・ルドラムを11回繰り返すと、マハー・ルドラムとなります。マハー・ルドラムを11回繰り返すと、アティ(甚大な、莫大なの意味)・ルドラムとなります。
したがって、アティ・ルドラムは合計14,641回(11×11×11×11回)のルドラムを唱えることになり、その中で14,641回(11×11×11×11回)回のナマカム、1,331回(11×11×11回)のチャマカムが唱えられています。
以上がルドラ・パーラーヤナであり、ルドラービシェーカでは、同時に儀式に精通した121人の僧侶によってルドラ・ホーマが執りおこなわれます。そこでは、この目的のために、11のホーマ・クンダ(儀式用の穴の開いた台)がつくられます。』

ナマカムは、11章からなるシヴァ神を讃える祈りですので、これだけでも大きな労力がいると思われます。それを一日に1,331回唱えるわけですから、この祭祀の意義が伝わってきます。

月の満ち欠けは、しばしば欲望の増減に例えられます。満月の日にこのようなヤジュニャがはじめられるのは、ヤジュニャによってわれわれの欲望が少しずつ減少し、ついには滅してしまうようとの願いが込められていると思われます。欲望は少なければ少ないほど、旅は快適になるとはよくいわれますが、このような機会を生かして、すこしでも欲望を抑えられるような生活をしてみるとよいかもしれません。

ルドラム(ナマカム、ルドラム)の吟唱が含まれたCD-ROM(VCD)を掲載いたしましたので、興味がございましたらこちらよりご参照ください。


[1]Sai Vichaar, volume 3-44
http://www.saibaba.org/newsletter3-44.html
[2]Hinduism Today
http://www.hinduismtoday.com/archives/1997/12/1997-12-11.shtml
[3]Sri Sathya Sai Books & Publication Trust
http://www.sssbpt.org/Pages/reports/armyreportfirstday.htm

マハームリティユンジャヤ・マントラ

2006.08.04 Friday

マハームリティユンジャヤ・マントラは、インドではとても有名なマントラです。今回はこのマントラを取り上げてご紹介いたします。ムリティユとは「死」を意味し、ジャヤとは「勝利、克服」を意味します。すなわちマハームリティユンジャヤ・マントラは、死を克服する、死に打ち克つマントラ、すなわち輪廻の鎖を断ち切るマントラとして知られています。

このマントラは、次のように唱えられます。
「オーム トリヤムバカム ヤジャーマヘー
スガンディン プシュティ ヴァルダナム
ウルヴァールカミヴァ バンダナートゥ
ムリティヨール ムクシーヤ マー アムリタートゥ」
Om Tryambakam Yajaamahe
Sugandhin Pushti Vardhanam
Urvaarukamiva Bandhanaat
Mrityor Muksheeya Ma-Amritaat
タイッティリーヤ・ウパニシャッド 2.7


言葉の意味

マハー(Maha):偉大な、強大な

ムリティユ(Mrityu):「死」あるいは死の神マヤ。ムリティユは、ブラフマー、バヤ(恐怖)、あるいはマーヤー(幻)の子であるといわれ、彼らの子供は他にヴィヤーディ(病気)、ジャラー(老年)、ショーカ(悲しみ)、トリシュナー(渇き)、クローダ(怒り)であるといわれています[1]。

ジャヤ(Jaya):勝利、克服、征服、歓喜

したがって、マハームリティユンジャヤ・マントラは「死に打ち克つ偉大なマントラ」ということになります。このマントラを心を込めて唱えることで、死の恐怖を克服し、病を癒し、様々な事故から守られ、究極的には解脱をもたらすといわれています。

オーム(Om):宇宙創造の初音、聖音

トリヤムバカ(Tryambaka):「三つの目を持つもの」の意味で、シヴァ神の別名をあらわします。第三の目は、直観や洞察力、見識を司ります。この第三の目の機能により、我々はシヴァ神を悟ることが可能となります。

ヤジャーマヘー(Yajaamahe):崇める、礼拝する

スガンディン(Sugandhin):芳香、甘い香りの意味。第三の目が覚醒することにより、すべては芳しい香りを放ちはじめます。すなわち、すべてが神であると悟ります。

プシュティ(Pushti):成長、肥大の意味。真理はすべてのものをよい状態に養い、成長させます。

ヴァルダナ(Vardhana):増大、成長、繁栄の意味。真理はわれわれの理解を日々増大させます。

ウルヴァールカム(Uruvaarukam):キュウリの意味。マントラにキュウリが出てくるのは理解に苦しむかも知れませんが、この場合、キュウリは私たち個人を意味しています。それぞれのキュウリは各々の蔓に実り、ちょうどその時がくると、熟して落ちます。これは、私たちそれぞれが成長していく過程そのものをあらわし、やがて悟りを得る(熟す)ことによって、輪廻の鎖を断ち切る(実が落ちる)ことになります。

バンダナ(Bandhana):束縛、結合。

ムリティヨール(Mrityor):死、無知。

ムクシーヤ(Muksheeya):解放、解脱。

したがって、「バンダナートゥ ムリティヨール ムクシーヤ」の個所は、「どうか私たちを死の束縛(あるいは無知)から解放してください」の意味となります。

マーアムリタートゥ(Maa-amritaat):マーは「偉大な」、アムリタは「不死なるもの、永遠なるもの」を意味し、「すべての背後にある永遠の真理」の悟りをあらわします。

全体の意味
わたしたちすべてを養いくださり、芳香に満ちあふれる三つ目のシヴァ神を讃えます。熟したキュウリが自然と実り落ちるように、わたしたちが日々成長し、死や輪廻の束縛から解放されますように。そして、永遠の真理へ到達できるようにどうかわたしたちをお導きください。

マハームリティユンジャヤ・マントラは、ガーヤトリー・マントラとならび重要なマントラであるとされています。このマントラは、インドでは悟りをえるための、また人生のさまざまな問題を解決するための非常に強力なマントラとして広く唱えられています。また次のような問題の解決策として唱えられるのもよいでしょう。
・人生や仕事で行き詰まりを感じたときに、障害を打破し解決をもたらすために
・家庭や社会で問題が生じたときに、調和を取り戻すために
・精神的に落ち込んだときに、内なる力を呼び覚まし本来の自分を取り戻すために
・病床に伏しているときに、内在の力を目覚めさせ健康を取り戻す手段として
健康的な問題を抱えている方には、このマントラは特に効果的で、医者から見放された病気をも治すといわれています。また占星学上の惑星のあらゆる悪影響を滅ぼすマントラとして知られています。このマントラは、解脱へ至るための手段として、毎日繰り返し唱えることがすすめられています。

上記のような問題の解決策として、マハームリティユンジャヤ・ジャパを実践される場合は、毎日108回マハームリティユンジャヤ・マントラを唱え、それを40日間以上続けることがすすめられています(ジャパには108ビーズのマーラーを使用されるとよいでしょう)。こちらにマハームリティユンジャヤ・マントラのオーディオサンプルがございますので、ジャパを実践される場合は、この朗誦を参照されてみてください。
また、このマントラを唱えるのが難しいと感じられる場合は、音を省略したショート・フォームがあります。ショート・フォームは「オーム・ジューン・サハ・サハ・ジューン・オーム」と唱えられます。ショート・フォームも、これを唱えることで神の鎧を身につけることになり、上記と同様の効果が得られるとされています。こちらにこのマントラが収録されているCDがございますので、ご参照ください。


参照
[1] 菅沼晃編、「インド神話伝説辞典」東京堂出版
[2] Mrityunjaya Mantra - The Mantra for Realising the Death
http://www.mandalayoga.net/index.php?rub=newsletter_en&p=mrityun_jaya

マントラ瞑想

2006.07.27 Thursday

医学系ジャーナル「ARCHIVES OF INTERNAL MEDICINE」の2006年6月12日号の記事で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のノエル・ベイリー・メルツ教授らが、マントラを唱える瞑想(TM瞑想)によって、血圧やインスリン抵抗性に有効な効果があったとする論文を発表しました[1]。
この論文では、無作為に選出された冠状動脈硬化症の患者を対象に、16週間にわたってマントラを唱える瞑想(TM瞑想)を実践してもらうグループとアクティブ・コントロール(健康教育)を行うグループにわけ、その効果の違いを確認しました。この研究成果によると、マントラ瞑想を行ったグループは、アクティブ・コントロールのグループに比べて、血圧の安定化やインスリン抵抗性、心拍数の安定化に効果が見られたと結論づけています。

TM瞑想法は、広く欧米を中心に受け入れられたため、この瞑想法の効果に関する研究論文がしばしば発表されています。しかし、マントラを唱える瞑想は、インドでは古くから行われてきており、その効果が科学的な論文を通じて、一般に認知されつつあるのは、とても喜ばしいことです。ヒンドゥー教では、古代の文献や多くの聖者は、現代は世界の四分の三を不正が支配するカリ・ユガであるとしていますが、このような時代においては、ラーマ、シヴァ、クリシュナ、ヴィシュヌ、ブッダ、キリストなどすべての神の名前がもっとも強力なマントラとなり、この時代に神の名前を唱えることは巨大な功徳を積む行為であるといわれています。また神の名前に限らず、師から授かったマントラや、普段唱えているマントラを継続して唱えられるのも同様の効果があると思います。
「点滴石をも穿つ」という諺にもあるように、継続的に実行していけば、数年、数十年後には大きな進歩が確認できると思います。それを信じて、日々の小さな歩みを大切にしていきたいですね。

[1]Maura Paul-Labrador, et al. "Effects of a Randomized Controlled Trial of Transcendental Meditation on Components of the Metabolic Syndrome in Subjects With Coronary Heart Disease", Arch Intern Med., 166, pp1218-1224, 2006

光の瞑想

2006.07.13 Thursday

2006年7月11日は、グル(師)に敬意を捧げる日であるグルプールニマの日です。サティア・サイババの語る光明瞑想についての講話翻訳文をいただきましたので、グルプールニマの日を記念して、恐縮ではございますがここに掲載させていただきます。

光の瞑想Jyothi Dhyana サティア・サイババ

 瞑想とはどうやればいいのか。これについては、いろいろな先生や指導者が、さまざまに違った教えを説いています。しかしわたしはみなさんにここで、最も普遍的で、最も効果のあるやり方をお教えしましょう。これこそは、精神的な修行における、はじめの一歩と言えます。まずは瞑想のために毎日ごく数分の時間を定めるようにし、悦びが深まるとともに、時間を延ばしていきます。刻〈とき〉は明け方がいいでしょう。眠りのあとで身体〈からだ〉はさわやかな上、昼間のいろいろな活動の影響がまだ及んでいないため、とてもよい時間と言えるのです。ロウソクかランプの明かりを目の前に置きます。直接目に見える、おちついた感じの、まっすぐな炎です。蓮華座〔訳注……結跏趺坐〕で両足を組むか、他の楽な姿勢で座ります。


しばらくの間、炎をじっと見つめます。
眉間〈みけん〉をとおって、光が自分の内側に入ってくるように感じながら、目を閉じます。
光は、光の道すじを通って、ハート――胸の中心――に向かって、ゆっくりと降りていきます。
光は、ハートに届きます。
このとき、蓮〈はす〉の花びらが一枚ずつ、ゆっくりと開いていくのをイメージします。
すべての思い、すべての気持ち、すべての感情が、光で満たされます。
闇はなくなります。闇の潜んでいられる場所は、もうどこにもありません。
光はさらに大きく、輝きを増します。
光は手に拡がり、
足に拡がっていきます。
手や足は、悪い思いや、疑いや、悪い行為に浸〈ひた〉っていることはできなくなります。
手も足も、光のため、愛のために尽くすものとなるのです。
光が舌に届くとともに、嘘いつわりは消え失せます。
光は目と、耳まで昇っていきます。
あらゆる悪い欲望――目や耳に巣食い、ねじ曲がったものの見方や、子供じみた話に向いがちな欲望――は、なくなってしまいます。
頭の中の光は、さらに輝きを増します。
すべての悪い思いが頭の中から消えていきます。
内なる光が、さらに大きな輝きになっていくさまを、ありありと思い浮かべます。
自分の周りの全体が光で包まれ、
光の輪はどこまでも大きくなっていきます。
大切な人、家族、友人、知人、対立している相手、競争相手、よく知らない人々、命あるすべてのものが光の中に包まれ、
光は全世界へと拡がっていきます。


 毎日、深く、順序だって、すべての感覚を光が明るく照らし出していくのですから、後ろ暗い、悪いものの見方に惹かれたり、けがれた、恐ろしい話を聞こうとしたり、身体によくない、力を弱める、悪質な食べものや飲みものを求めたり、悪いものをほしがったり、好ましくない場所や悪〈あ〉しきものに近づこうとしたり、いつ、誰についても悪い思いが浮かぶようなことは、そのうちになくなってしまうでしょう。どこにいても、光を見つめている「あの感じ」を忘れないようにするのです。これからは、たとえどの神さまでも、あがめ、祈るときは、あらゆるところに満ちている光の中にその姿があると思い描くようにします。光は神だからです。神は光です。
 わたしがお話ししたように、毎日規則的にこの瞑想を続けなさい。その他の時間は、(神のさまざまな栄光のうち、かぐわしい魅力のある名であれば何でもいいから)神の名をくり返し唱え、神の力、慈しみ、惜しみのない愛に気づいていようと、いつも心に思うのです。

日時 1979年
出典 http://www.saisamachar.com/saipranaam/sep02/mediate.htm

   “Sathya Sai Speaks – vol.10” ‘Meditation’
解題 現代の脳科学者によれば、イメージの力は、読み書きや計算の能力に勝るとも劣らぬほど重要だ。この光の瞑想(光明瞑想)を日常的におこなうことで、イメージする力を強め、情緒を安定させ、病気の回復を早め、健康な身体を作り、学習や仕事の効率を上げ、人間性を高めることができる。そしてこれは、サイババに帰依する人もそうでない人も誰でも続けることができる、すぐれた方法だ。その一方で、この瞑想のやり方については、サイババ関係者の間でもさまざまに違った見解がある。ここに訳出したのは、サイババ自身が語った瞑想の方法として、最も信頼できるテキストのひとつである。光の瞑想はどうやればいいのか、迷いがおこったときに、立ち返るべき原点がここにある。
翻訳 宇野梵悦(2006年7月11日 グルプールニマ)


プリントアウト用PDFファイル<Jyoti_Meditation.pdf>

ビージャ・アクシャラ その3

2006.06.29 Thursday

前回は、スワミ・シヴァナンダの著書から、ビージャ・マントラの意味を抜粋いたしましたが、この説明の中には、それぞれのビージャ・マントラの最後に唱えられる「ム」の説明がないことに気がついた方もいらっしゃると思われます。
この「ム」の意味は、「オーム」の解説に記載されている“「ム」はイーシュワラとプラジュナの睡眠の状態です”の説明が当てはまるでしょう。睡眠の状態というと、われわれにとってはマイナスのイメージがあるかもしれませんが、ここでいう睡眠とは、われわれが眠くなるときにとる睡眠とは意味が異なります。サンスクリット語のことわざに、「聖者は、人々が目覚めているときに眠り、人々が眠りに就くときに目覚める」というものがあります。これは、一般に、人々は五大欲望に代表されるさまざまな欲望にとらわれ、その欲望を満たすために“目覚め”ます。しかし、聖者はそのような欲望には関心がないため、人々が目覚めているときには“眠る”のです。また、人々が関心の薄い解脱への道、神への欲求は、聖者の第一の関心事であり、そのために人々が“眠る”ときに聖者は“目覚める”のです。
「オーム」のマントラに代表されるように、はじめは世俗的な意義を示す語(「オ」)からはじまり、最後に神への道へと至る(「ム」)のように段階を踏む形式、つまり表層意識から深層意識へとつながる意味をもつマントラはしばしばみうけられます。他の代表的なマントラとしては、ガーヤトリー・マントラもそのような構造になっています。

そのようなことから、他のビージャ・マントラにある結びの語「ム」も、「オーム」に示されているものと同義語で、悟りへの道、終結をあらわす意味をもつと理解してよいでしょう。

ビージャ・アクシャラについては、今回スワミ・シヴァナンダの解釈を参照いたしましたが、同一の神でもさまざまに異なる呼び名があるように、その意味もじつは一義的なものにとどまりません。たとえば、「フリーム」は、マハーマーヤーのビージャであるとのことでしたが、ほかにも「フリダヤ」(ハート)へと通じるマントラであるとか、「サラスワティー」を示すマントラであるとの解釈もあります。また、「クリーム(KLEEM)」はカーマのビージャであるとのことでしたが、「クリーム(KREEM)」と同様、カーリー(あるいはドゥルガー)を示すマントラであるともいわれております。

マントラの一節で、「オーム・フリーム・シュリーム・クリーム…」というビージャをつなげたものがしばしば出てきますが、この一節は、その解釈にしたがうと「フリーム」がサラスワティー、「シュリーム」がマハーラクシュミー、「クリーム」がカーリー(ドゥルガー)という三位一体を示していることになります。精神的な側面に関する活動はサラスワティーが、物質的な側面に関する活動はマハーラクシュミーが、そして肉体的な側面に関する活動はカーリー(ドゥルガー)がつかさどります。この三位一体の女神の恩寵により、あらゆる面での幸福と繁栄があたえられます。
ところで、ガーヤトリー女神は、あるときはサラスワティーの姿を、あるときはマハーラクシュミーの姿を、そしてまたあるときはカーリー(ドゥルガー)の姿をとる三位一体の化身とされています。そのため、ガーヤトリー女神の恩寵を得ることで、神への解脱と至る叡智、またそのために必要な衣食住、身体的な強靱さのすべてがあたえられます。これが、ガーヤトリー・マントラが万能かつ最高位のマントラであるといわれるゆえんでもあります。

ビージャ・アクシャラは、すべてのマントラの基礎となると同時に、それ自身が強力なマントラともなっています。「すべての道はローマに通ず」ではありませんが、すべてのマントラはただひとつの至高神に通ずるということは真理です。それぞれ表現は異なるかもしれませんが、すべてのマントラは、ただひとつの至高神をあらわしており、どのようなマントラ(道)を選んでも、それを継続的に臆念し続けることにより、やがてはひとつの真理に到達することができます。
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