カレンダー

<< September 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
  

カテゴリー

コメント

記事一覧

Feed

ブッダ・プールニマ(ウエサク祭)

2011.05.16 Monday

明日5月17日(火)は、ブッダ・プールニマです。ブッダ・プールニマは、仏陀降誕の日として世界中で祝われている盛大なお祭りです。
以下に、Wikipediaよりブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)の記事をご紹介します[1]。

ヴェーサーカ(パーリ語;サンスクリット語ではヴァイシャーカ)は、ネパール、シンガポール、ベトナム、タイ、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、バングラデシュ、インドネシア、インドなどの南アジア、東南アジアの仏教徒による伝統的な年間行事です。
通常は、仏陀の降誕日とされていますが、実際には仏陀の降誕日、悟りの日(ニルヴァーナ)、成仏を包括する日とされています。

ヴェーサーカの正確な日にちは、各国に伝統的な太陰暦によって変化します。テーラワーダ(上座部仏教)の国々では、満月のウポーサタ日(仏教徒の安息日;不浄な心を清める日)に行われます。中国のヴェーサーカ日は、中国の太陰暦における第4月の8日目に行われます。西洋のグレゴリオ暦では、年によって異なりますが、毎年4月か5月に行われます。

●歴史
ヴェーサーカを仏陀の降誕会とする決議は、1950年にスリランカで行われた第一回世界仏教徒連盟(WFB)の会議で採択されましたが、仏教国における当時の祭典は、各国の古い伝統に基づいて行われていました。
ヴェーサーカにおいては、世界中の仏教徒は、仏陀の誕生日、悟りの日、成仏日を含む重要な行事として祝します。インドから仏教が伝来して、多くの外国文化に同化したように、ヴェーサーカは世界各国において独自の方法で祝されています。

●ヴェーサーカの祭典
ヴェーサーカにおいては、敬虔な仏教徒や信奉者たちは、祝典のために夜明け前に各地の寺院に集合し、仏旗を掲げ、仏・法・僧の三宝を讃える讃歌を歌います。帰依者たちは、師の御御足に捧げるための花、ろうそくや線香を持参します。これらの象徴的な捧げ物は、美しい花はすぐに萎れ、ろうそくや線香はすぐに燃え尽きるように、人生は儚く短いことを意味しています。帰依者たちは、あらゆるものの殺傷を避けるために、特別な努力を行い、この日は精進料理(ベジタリアン・フード)を摂ることが勧められています。特にスリランカなどのいくつかの国では、ヴェーサーカを祝するための2日間は、酒屋や食肉処理施設は、閉店するように政府の法令によって定められています。また、意に反して捕らわれていたおびただしい数の鳥、昆虫、動物が自由の象徴として放たれます。敬虔な仏教徒の中には、簡素な白装束をまとい、八正道に対する新たな決意を胸に、一日中寺院で過ごす人もいます。

敬虔な仏教徒は、教えに基づく五戒を遵守する誓約をし、高潔な日々を過ごしていますが、特に新月と満月の特別な日には、道徳、簡素、謙虚を実践するために八正道を遵守します。

またある寺院では、小さな幼児の仏陀像を祭壇の前にまつり、花で飾りつけられた小さなたらいに水を張り、帰依者が像に水をそそぐことができるようにしています。これは、悪い業(カルマ)を洗い清め、神々や精霊の祝福のもと、仏陀の降誕を再現する象徴的な行為になります。

帰依者たちは、僧侶による説法を聴きます。この日は、国や国民の繁栄と平和を願い、僧侶たちは仏陀によって語られた詩句を詠唱します。仏教徒たちは、仏陀が説いたように、他人を信頼し、他人の信条を尊敬し、調和を持って生活することを思い起こされます。

●他の人々に幸せを運ぶ
ヴェーサーカの祝日は、高齢者、障がい者、病人のような人々に幸せを運ぶ特別な努力をする日を意味します。この日には、仏教徒は贈り物を贈ったり、奉仕活動をしたりします。ヴェーサーカは、大きな幸せや喜びの時であり、自分の欲望を満たすのではなく、寺院での奉仕活動や、仏陀の教えを世間に示すために専念する時でもあります。また、敬虔な仏教徒たちは、仏陀を礼拝するために寺院に足を運んだ信奉者たちに、軽食や精進料理(ベジタリアン・フード)を提供する腕を競い合います。

ブッダ・プールニマ(ヴェーサーカ)は、日本ではウエサク祭(または花祭り、降誕会など)として親しまれています。京都の鞍馬寺では、明日5月17日(火)にウエサク祭の行事(五月満月祭)が行われるようです。興味ある人は、足を運んで、仏陀の教えを学び、瞑想する良い機会にするとよいでしょう。

[1]Vesākha, http://en.wikipedia.org/wiki/Vesak

真実を見る力

2011.05.10 Tuesday

無明・我想・貪愛・憎悪・生命欲。ヨーガの聖典・パタンジャリのヨーガスートラには、この5つが私たちの心を苦しめる要因、クレーシャであるとして述べられています。

「私は」とか、「私が」という自分に対しての強い固執から生まれるエゴ、我想。良い思い出を求めてさ迷い出る心から生まれる物事への執着、貪愛。過去に経験した悪い思い出を嫌悪し、恐れる心から生じるのは反感や憎悪。そして、生命欲。途切れることのない意識の存在を見失い、肉体という物質の終わりを恐れ、嘆きます。

これらの苦悩は全て、真実を見失った状態である無明、無知が生み出していると、ヨーガスートラでは述べられています。移り変わるこの世界の中の真実をしっかりと見つめていれば、我想も、貪愛も、 憎悪も、生命欲も、生まれることはないといいます。それに必要なのが、ヴィヴェーカという識別する力です。

これはよく、蛇を使った例え話で説明されます。暗闇の中を歩いていて、突然目の前に蛇が姿を現せば、きっと誰もが驚くに違いありません。それがただのロープに過ぎなかったとしても、暗闇の中でロープを蛇だと思い込んだ心は、焦り、我を忘れて逃げようと大きく動揺します。

心が闇の中にあるために、蛇をロープだと見ることができないのです。それは、心が曇り浄化されていないために、正しい知識を得ることができないことを意味しています。心に光を得れば、そこにあるのが蛇ではなく単なるロープに過ぎないと、理解することができます。この光、それこそが識別する能力「ヴィヴェーカ」であり、その光は、心が浄化され曇りがなくなったときに見えるものだとされています。そして、心の浄化に必要なのが、瞑想です。

物事を正しく理解すること、その障害となっている偏見や欲望の根本である誤った理解や知恵を取り除くこと。瞑想はそのための大きな手立てです。全ての行いを瞑想とするここでのヨーガの生活は、正しい知識を得るための学びの毎日のようなものです。

暑さ、そして嵐、移り変わるその日々の一瞬の中にある、いつも変わらない私たちの心。何にも揺さぶられることのない真の強さは、自分自身を見つめることで得られるものだと、毎日の生活を通して実感しています。

(文章:ひるま)

占星術的な処方2・ルドラークシャについて

2011.05.10 Tuesday

私がルドラークシャについて知ったのは1998年です。ヒマラヤの聖地ガンゴートリ―の手前の温泉(沐浴場)であるガングナーニの神官でもあるナーガ・ババ(裸形出家修行者)の長に見せてもらったのが最初です。そのサドゥはその時はゴームク(ガンジス川の源流域)に滞在していたのですが、私のヨーガの師と懇意だったこともあり、親切に素晴らしい品質のルドラークシャをたくさん見せて下さいました。そしてルドラークシャの効果について様々なことを教示してくださいました。その時、効果に対して非常に興味を持ったのですが、黒っぽいごつごつした木の実を身につけようとは思いませんでした。

ルドラークシャを初めて身につけたのは2000年代に入ってからです。その時ちょっとした事件に巻き込まれたを覚えています。それまでの経験上、初めて宝石を身につけたときなど、それが自分に合う石であっても一旦少しだけ悪いことが起こったり、ちょっと体調を崩したりする(分野は違いますが、東洋医学でいう好転反応に似ているものかもしれません。)のを知っていたので、「あっ、これは合うな。」と思った記憶があります。

それ以来、ルドラークシャを身につけるようになったのですが、個人的には宝石よりも効き目が優しくかつ強靭な感じを受けます。

占星術において、ある星が凶星化しているとき、その働きを宝石で改善しようとする場合、かなり注意が必要ですが、ルドラークシャの場合は基本的にそのまま使用して大丈夫です。使用していると「ルドラークシャは凶星の悪影響を鎮め、宝石は吉星の影響を強める」といわれる意味に納得出来ると思います。また、宝石の場合は組み合わせがまずいとうまく作用しないことを時々経験するのですが、ルドラークシャでそういう感じを受けることはありません。

ルドラークシャの運用法に関しては、サドゥ(出家行者)や占星術家の間でも人によって意見が違うのですが(インド的ですね)、占星術的な悪い影響を改善するという見解ではほぼ一致しています。不肖私も様々な運用法を試して、非常に効果的だというのを実感しております。こつがあるとすれば、「きちんとマントラを唱える」「清潔にして油分を保つ」ということ位でしょうか。

インド精神世界にご興味のある方には最もお勧めできるアイテムの一つだと思います。またインド精神世界系以外の方にももっと知られてもいいアイテムだと思っています。

※次回以降は、今回書けなかった他の処方について考察します。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」はこちらからお申込みいただけます
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」はこちらからお申込みいただけます
http://sitarama.jp/?pid=30583238
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

心に灯る火

2011.05.10 Tuesday

ろうそくに火をつけることや、お香を焚くこと、その火を灯すという行いは古くから、そしてあらゆる場所で行われています。ここインドでも、火が不純物を取り除き、清めの象徴であると、人々は火を灯すことを欠かしません。

そんなインドの人々にとって大切なのが、太陽への祈りです。新しい命を生み出し、育む、そして全てを浄化するその火のエネルギーは、創造、維持、破壊を司る、大切な役目を持つと信じられているからです。

毎日のヨーガのプラクティスの中で行われる太陽礼拝。今ではウォーミングアップとして取り入れられているそれも、本来は、天を支配しこの世を司る太陽へと祈りを捧げるために行われます。流れるようなその動きの中で体に生じた火は、不純なものを取り除き、強さを与え、活力をもたらすとされ、祈りを込めて、108回の太陽礼拝を行うことも稀ではありません。

12の体位からなる太陽礼拝は、天文学における12宮に対応しています。私たちの体は小宇宙であると言われるように、その礼拝は、大宇宙と照らすように続きます。また、ヨーガのアーサナは生物の数だけ存在すると言われるほど、その行いは常に自然と密接に繋がっています。

しっかりと足をついて、大地と繋がる。バランスをとりながら大宇宙と小宇宙との一体を得る。前屈、後屈、その動と静の間で現在という瞬間に気づく。一つ一つの動きを祈りとし、太陽へ、そして自然へと捧げるためのヨーガのプラクティス、そしてそこから得られる人々の心は、荒れる自然の中でも花がそこにあるだけで美しいのと同じです。それは、混沌とした社会の中にいても、揺るがない強さ、正しさ、美しさをいつも見せています。

太陽がそうであるように、輝きというのは、終わることもなく始まることもなく個の内側に存在しているといわれています。ヨーガの行いはその輝きを見つめ、満たすことであり、そして引き出された輝きは太陽のようにこの世を照らしています。

日々の生活の中でつい見失ってしまう、心に灯る火。その火を灯し続けられるよう、今日もヨーガに励んでいます。

(文章:ひるま)

追悼 サティヤ・サイ・ババ

2011.04.25 Monday

インドの霊的指導者として、国内外の信奉者たちを導いてきたサティヤ・サイ・ババ様が24日、多臓器不全のためにお亡くなりになりました。ご遺体は26日までプッタパルティのアシュラムに安置され、最期のバジャンが捧げられた後、埋葬される予定です。

以下のリンクは、サティヤ・サイ・ババ様の追悼番組や現在のアシュラムの様子などを生中継しているテルグ語圏のテレビ番組です。
(広告が消えるまで30秒お待ちいただく必要があります)

Sakshi TV : http://www.yupptv.com/sakshitv.html

NTV : http://www.yupptv.com/ntv_live.html

TV5 : http://www.yupptv.com/tv5_live.html

Studio N : http://www.yupptv.com/studio_n_live.html

ライブ中継が行われていない場合は、以下のリンクよりNTV番組のビデオ映像がご覧いただけます。
http://www.ntvtelugu.com

また以下のリンクより現在までの最新の写真がご覧いただけます。
Sri Sathya Sai Books and Publications Trust

バガヴァン・シュリ・サティヤ・サイ・ババ様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 | 161 | 162 | 163 | 164 | 165 | 166 | 167 | 168 | 169 | 170 | 171 | 172 | 173 | 174 | 175 | 176 | 177 | 178 | 179 | 180 | 181 | 182 | 183 | 184 | 185 | 186 | 187 | 188 | 189 | 190 | 191 | 192 | 193 | 194 | 195 | 196 | 197 | 198 | 199 | 200 | 201 | 202 | 203 | 204 | 205 | 206 | 207 | 208 | 209 | 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 | 219 | 220 | 221 | 222 | 223 | 224 | 225 | 226 | 227