カレンダー

<< June 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930
  

カテゴリー

コメント

記事一覧

Feed

ヤマとニヤマ

2012.04.24 Tuesday

ヨーガの経典とも言えるパタンジャリの「ヨーガ・スートラ」には、二元論に基づきながらサマーディ(解脱)に至るためのステップが事細やかに記されています。エクササイズだけではないヨーガが広く社会に浸透する現在、そのヨーガの格言の中に記される重要な八支則「アシュターンガ・ヨーガ」も見逃すことはできません。

サマーディとまで言わなくとも、八つのステップを踏みながら進むその道には、この社会をより良く生きるための知恵がふんだんに含まれています。中でも欠かせないのが、八支則の始めに置かれる「ヤマ」そして次ぐ「ニヤマ」です。

社会において守るべき事柄として知られるヤマには、他を傷つけない・ 正直である・盗みを働かない・不摂生をしない・貪欲にならない、の五つが記されています。そして自分に対して守るべき事柄がニヤマであり、清浄を保つ・満足を知る・ 自分自身を鍛錬する・精神向上に努める・献身的である、とそれは続きます。

この道徳的な観念であるヤマ・ニヤマは決して簡単に達成されるものではありません。それは行いと言葉、そして思考の面においても実践されなければならない戒であり、当然のことでありながら、私たちが心の動きに負け見失ってしまう事象です。これらの戒を実践することは、自分自身を浄化し、心の中を寂静で満たす、最も大切な術なのだと伝えられます。

あるスワミジも述べていました。「ヨーガの八支則の始めにこのヤマ、ニヤマが置かれるのは、人が生きていく上で決しておざなりにできない、最も重要な事柄だからです。この二つが成されなければ、座法や呼吸法をどんなに行っても、サマーディには至りません。ヨーガとは、私たちの生きる指針です。」

座法や呼吸法だけではない、ただ清く生きるその姿勢こそが私たちを解放に導くヨーガそのものです。そして、ヤマとニヤマ、この二つのものが人々の間にしっかり基礎を成せば、この社会の土台も揺るがないものになるに違いありません。私たち自身が、寂静を生み出すその存在に他ないなのだと、いつの時も気づいていたいと願っています。

(文章:ひるま)

ヒンドゥー教と仏教の違いについて

2012.04.24 Tuesday

ともにインド発祥のヒンドゥー教と仏教はとても似ていると思われています。私自身もそう思います。しかし、実は本質的にはそうでないかもしれないと感じることもあります。

先日TVでハワイの土着の宗教の儀式をやっているのを見ましたが、ヒンドゥー教の儀式にとても共通するものを感じる部分がありました。
日本の神道にもヒンドゥー教との共通点を強く感じますし、ネイティブ・アメリカンの宗教にもそう思う部分があります。

この共通する感じをわかっていただくために、ご理解いただける共通点を探してみました。

その結果、これらの宗教はアメニズム(自然崇拝)から進化を遂げてきたものであるという共通点が見出せます。
そのため、自然にたいする祈りの姿勢が、似ているのかもしれません。

一方それに対して仏教は、いわゆる創始者(釈迦)います。この点ではキリスト教などとも非常に似ていると考えられます。

もちろん、アメニズムから進化した宗教であっても、その進化の途中で創始者になりうるような人がいた可能性があります。
たとえば、ヒンドゥー教の天啓聖典である「ヴェーダ」の音を感得したリシ(見者)たちです。
彼らが深い瞑想中に感得した真理を、「これは自分が掴んだ真理だ。」ということで自己主張すれば、そのリシが新たな宗教の開祖になったかもしれません。

たしかにヴェーダの聖典をみると、「この部分は○○という仙人が感得した」というような表記が出てくることがあります。
しかし、その仙人が、釈迦のように新たな宗教の開祖にならなかったのは面白い現象です。

宗教の優劣を論じているわけではありませんので、ご理解いただきたいのですが、たとえば仏教の修行をされている方は、釈迦の体験した境地を目指すというのが、一般的だと思います。

そして修行を続けていくわけですが、仏教徒であるかぎり、釈迦と同じ境地まで行ける可能性はありますが、釈迦を超えることはできないのです。

もし仮にその修行者が釈迦(創始者)を超える存在になった場合、その方は仏教の枠を超えて新しい宗教の創始者になる可能性があるということです。
釈迦はあまりにも偉大な人物だったために、今までそのような方は出ておられないのかもしれませんが、可能性としてはそういうことは考えられます。

一方ヒンドゥー教の場合は、どんなに偉大な人物が出ても、創始者がいないため、それを超えることにはならず、ヒンドゥー教という枠組みのなかに留まることができるのです。
(もちろん枠組みから出ることも可能です。)

これが創始者のいる宗教と、アメニズムから発展した宗教の大きな違いではないでしょうか?どちらも素晴らしい宗教だと思いますが、非常に大きな違いだと感じます。

(今回の話題は、私が若き日にヨーガの師から学んだ考え方に、自らの経験を加えたものです。)

(文章:ガネーシャ・ギリ)

‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥
「ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定」
http://sitarama.jp/?pid=27375902

「ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス」
http://sitarama.jp/?pid=30583238
‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥…‥

アクシャヤ・トリティヤ

2012.04.24 Tuesday

■アクシャヤ・トリティヤ

本日4月24日は、アクシャヤ・トリティヤと呼ばれる、価値ある品を身につけ始めるのにもっとも適した吉日といわれています。(トリティヤは新月から3日目を意味しています。月齢をもとに決められるインドの祝祭日は、年毎に日にちが変わります。)

アクシャヤは、「不朽の、不滅の」という意味のサンスクリット語です。したがって、この吉日に身につけた貴重品は、朽ち果てることなく、幸運や成功を運び続けてくれると信じられています。またこの吉日は、何らかの寄付や贈与などの善行を行った場合は、それが決して廃れることのない点で、重要な意味を持つとされます。

アクシャヤ・トリティヤは、トレーター・ユガ(悪が世界の4分の1を支配する時代)の開始日にあたるとされ、ヴィシュヌの第6の化身であるパラシュラーマの誕生日ともいわれます。ヒンドゥー暦によると、この日は1年でもっとも吉兆な日のひとつにあたるため、インドでは、新しいベンチャーを始めたり、高価な買い物をするのに適した吉日とされています。

アクシャヤ・トリティヤに行うとよいこと
・グル(師)に対して、施し物という形で、寄付金を忍ばせた品物を与える。
・富の女神であるマハーラクシュミーに対する苦行を行う事で、1年を通じての祝福と繁栄を祈願する。
・マハーラクシュミー寺院に行き、4つの方位に4枚のコインを投げることで、富の開運を祈願する。
・アナンガ(愛の神カーマの別名)のマントラ「オーム・フロウン・フルーム・アーナンガーヤ・パット」を唱える事で、身体的な問題の解消を祈願する。
・既婚女性は、クムクム等の赤い色粉をつけた赤い紐を首回りに身につけて、夫の長寿をシヴァ寺院で祈願する。また未婚女性は、それを足首につけて、よい相手に巡り会えるようにシヴァ寺院で祈願する。
・ニームの葉を持ってシヴァ寺院に参拝に行き、シヴァ神にそれを捧げた後、病気平癒を祈願して、それを病人の枕の下に置く。
・その他、永続する繁栄のため、新事業の開始、金製品などの高価な貴重品の購入、病気等の治療に適した吉日とされる。

どうぞ良い吉日をお過ごしください。

アクシャヤ・トリティヤ

2012.04.17 Tuesday

今インドは一年に一度の大吉日と言われる日が近づいています。毎年4月~5月にかけて迎える、太陽と月の明るさがピークに達する日、それが今迎えようとしている「アクシャヤ・トリティヤ」です。

「アクシャヤ」がサンスクリット語で「不滅の」という意味を持ち合わせるように、この日に願われ祈られた物事は終わることなく永遠に続いていくと言われます。また、太陽と月の輝きが最も強くなるように、物事の輝きと成功を願って、人々は事業や建設、ビジネスなど、ありとあらゆる物事をこの時に始めます。

金や価値のあるものを購入するのにも最も良い日であり、数日前から新聞や広告はアクシャヤ・トリティヤの特集が組まれ、街ではこの吉日セールが催されほど、高価なものが飛ぶように売れ街は大盛況となります。特にこの日のゴールドショップの賑わいは目を見張るほどで、金を入手しようとしても、あまりの混みように手にすることすら難しい日本の歳末のような雰囲気に包まれます。

一方で、幸運を運ぶ日としても知られるこの日は、寄付を施した人々にも恩寵が与えられると、貧しい人々や寺院など、人々は寄付をすることも忘れません。特に北インドでは4月も中旬を過ぎると45度を超える日も珍しくはない、一年中で一番暑い夏を迎えます。その夏の始まりとも言えるこの日、人々が寺院へ土でできた水甕(マットカ)を寄付する姿を見かけます。不思議なことに入れておくだけで水が冷たく保存されるこの土でできた水甕は、現在でも大切に利用され続け、暑い夏を乗り切れるよう願いと共に、古くからの伝統がしっかりとここに伝えられていると感じたことを覚えています。

そして欠かせないのが結婚式です。この日に誓われた願いは永遠に朽ちることがないと、何をするにも大変な酷暑の時であってもこの日を選ぶカップルは非常に多く、街中で結婚式が執り行われお祝いムードに包まれます。

そんな賑わいを見せる日でも、断食をし静かに祈り続ける人がいます。富の象徴であるラクシュミー女神のプージャも欠かすことができません。華やかに賑わうその瞬間の中にも、生活の礎である祈りはこの時も失われることなく続いています。今年は4月24日がその吉日です。今この時世において、一人一人が朽ちることのない永遠の世界の至福を願うべく日が近づいていると、そう感じています。

(文章:ひるま)

現象世界の果て

2012.04.17 Tuesday

感覚器官や思考機能が働く肉体をまとった私たちは、感じることから考えることまで、どんな時も行いを止めることはできません。そしてその過程で、好きや嫌い、痛みや心地よさといった現象を経験するのは避けられない事実です。

しかし、二元論を下に考えれば、それらをただ静かに見つめる存在が必ずあり、それこそが私たちの真の姿です。その純粋な意識とも言えるとても崇高な存在は、誰しもの真の姿であり、そして既に悟った存在だと、今、あるスワミジがこんな話をしてくれたことを思い出しています。

例えば大昔、人々がただ自然のサイクルに従い生活を営み精神性が研ぎ澄まされていた時代、夜の眠りに落ちた人々は、翌朝太陽が昇ろうとしていることに全く気がつかなくとも、その光と暖かさを実感したとき、日が明けることを理解し目を覚まします。

今のこの日常の生活の中でも同じです。日々の出来事に追われ疲労困憊しきった夜、どんなに深い眠りに落ちていようと、大きな物音や何かしらの衝撃が加われば人々は確実に目を覚まします。

私たちは完全な無意識の状態にあるわけではありません。純粋な意識は誰しもの真の姿であり、スワミジの言葉を辿れば、私たちはただこの現象世界という深い眠りに落ちているだけなのだと考えられます。そして、さまざまな方法でその眠りから目覚める術が語られる中、この日々の生活を生きる私たちにできることと言えば、行いのヨーガに他ありません。

カルマヨーガと呼ばれるその行いの中で、考えることから感じることまであらゆる行いを崇高なものへの捧げものとする時、私たちの行いは物質の次元を超えて行きます。自分のために何かを得るのではない、自分は何かを得るために存在しているのではない。その心からは好きや嫌いも、痛みも心地よさも生まれることはありません。それが、この現象世界を超越していくことです。

バガヴァッドギーターの中でも、クリシュナ神は繰り返し述べています。「行いは自分によってなされるのではなく、それは全てグナ(3つの性質)の作用にすぎない。その上の崇高な存在を理解する時、私と一体になる(14章19節)」と。

それは既に目覚めている自分自身の真の姿と出会うことでもあるに違いないと、スワミジの言葉と共に、その真実を一瞬一瞬に見出しながら今ここで日々の生活を努めています。

(文章:ひるま)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 | 161 | 162 | 163 | 164 | 165 | 166 | 167 | 168 | 169 | 170 | 171 | 172 | 173 | 174 | 175 | 176 | 177 | 178 | 179 | 180 | 181 | 182 | 183 | 184 | 185 | 186 | 187 | 188 | 189 | 190 | 191 | 192 | 193 | 194 | 195 | 196 | 197 | 198 | 199 | 200 | 201 | 202 | 203 | 204 | 205 | 206 | 207 | 208 | 209 | 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 | 219 | 220 | 221 | 222 | 223 | 224 | 225 | 226 | 227